|
連載:高齢者の栄養管理とPEG
最終回 PEG施行症例における固形化経腸栄養剤の実践 V
― 固形化栄養剤の調理法と注意点 ― |
ふきあげ内科胃腸科クリニック 蟹江治郎 |
|
臨床老年看護,日総研出版,2004; 11(6): |
|
|
T.はじめに |
前稿では経腸栄養剤を固形化するための寒天の特性について記述した.寒天はゼラチンと異なり室温で凝固が得られ,体温で液状化する事もないため,経腸栄養剤のゲル化を行う上で最適の特性を持っている.また寒天は食物繊維を補うことから「特定保健用食品」として認可を受けており,WHOでも摂取容量に関係なく安全な食品として認定を受けている.この寒天には100℃の熱湯で2分間煮沸し溶解する「粉末寒天」と80℃の熱湯で溶解が可能な「即溶性粉末寒天」がある.またこれらの寒天により固形化された経腸栄養剤は,プラスチックシリンジないしドレッシングポットを利用して注入を行う(1-3).本稿においては,固形化経腸栄養剤の調理法の基本と実際と,固形化栄養剤の実施にあたり必要な注意点について記述した. |
U.寒天調理の基本(図1) |
固形化経腸栄養剤は寒天を溶解した寒天溶液と経腸栄養剤を混合して凝固する.粉末寒天は2分間の煮沸で溶解が得られるが,粉末寒天を直接熱湯に入れると,寒天が”ダマ”になり溶解が困難になる.そのため,まずあらかじめ水になじませ,その後に水を熱して溶解する必要がある.また寒天溶解液と混合する際の経腸栄養剤は,冷たい状態だと寒天溶液と混合するときに不均一に凝固するおそれがあるため人肌程度に暖める必要がある(4). |
図1 寒天を利用した固形化栄養剤の調理法
水と粉末寒天を混合撹拌してなじませる
↓
水を加熱して寒天を溶解
↓
人肌に暖めた経腸栄養剤と混合
↓
投与容器に注入
↓
静置して凝固 |
|
V.固形化栄養剤の注入法 |
1.どの様に注入するか
一般に行われている液体経腸栄養剤の注入法では,下痢や嘔吐を防止する目的で数十分から2時間程度のゆっくりとした注入を,座位を保持した状態で行う.一方,固形化栄養剤の注入は,いわゆるボーラス注入で行い,その速度は数分前後で全ての量を注入する.座位保持の必要はない.注入の際は患者の状態を観察しつつ慎重に行い,苦痛様の表情や嘔気が見られたときは注入を中断し,30分ほど時間を空けて注入を行う(5-6). |
2.注入の手順と方法
1.固形化栄養剤の入った容器を準備
* 栄養剤が冷蔵保存されている場合は室温に戻す
↓
2.固形化栄養剤の入った容器をPEGチューブに接続
*右手は容器を把持し,左手で接続部をしっかり把持して注入中に接続部が外れないようにする
↓
3.患者様の状態を診ながら2〜3分程度かけ注入
* 嘔気があるようなら注入を中断
* 1回量は300ml〜500ml
* 経腸栄養剤も水分も全て固形化して注入
↓
4.投与終了後は少量の空気でフラッシュ
* 基本的に水分は入れない |
W.固形化栄養剤を注入するための容器 |
1.固形化栄養剤の投与容器
現在全ての経腸栄養剤は液体であるため,固形化経腸栄養剤を行おうとする者は,身の回りにある物を利用して注入を行わざるを得ない.具体的な容器としては,医療用に用いられるプラスチックシリンジや,調理用で用いられるドレッシングポットが使用されている.これらの容器には長所と短所があり,使用者の用途に合わせて選択することが望ましい.
|
図2 固形化栄養剤調理のパターン
通常の粉末寒天 + プラスチックシリンジ
即溶性粉末寒天 + プラスチックシリンジ
通常の粉末寒天 + ドレッシングポット
即溶性粉末寒天 + ドレッシングポット |
|
2.プラスチックシリンジ(写真1)
経管栄養投与でも薬剤注入時などに用いる医療器具で,サイズとしては50mlの物を使用する.力をかけて注入が可能で,固くした固形化栄養剤でも注入ができる反面,場所をとるという欠点がある(7).
【利点】
○ 注入時にさほど力を必要としない→介護負担が軽減する
○ 比較的固い固形化栄養剤も注入が可能
○ 医療機関での入手が可能→入院中の患者でもすぐ始められる
○ 注射器の目盛により,注入量の目視が可能
【欠点】
○ 医療従事者以外では入手が容易でない
○ 場所をとる→冷蔵庫保存の場合,場所が占有される
○ 投与者が多い場合,取り違えの可能性がある
○ やや高価 |
写真1 固形化栄養剤で用いるプラスチックシリンジ
|
3.ドレッシングポット(写真2)
ドレッシングポットとは,調理用のドレッシングなどを入れておく食器である.固形化栄養剤の注入に使用されるのは,マヨネーズの容器のように軟らかく,握ることにより内容物を押し出す形状のものである.安価なものでは100円均一ショップなどで購入が可能で,場所もとらないという利点があるが,注入時には相当な力を要するという問題もある(8).
【利点】
○ 場所をとらない
○ 安価→100円均一ショップなどでも入手可能
○ 入手が容易→スーパーなどでも購入可能
○ 耐用性が高い→注射器のようにシリンジが動きにくくなるなどの問題がない
【欠点】
○ 注入時に比較的力を要する
○ 栄養剤を硬めにすると注入しにくくなる
○ 医療施設では院内に常備されていない |
写真2 固形化栄養剤で用いるドレッシングポット
|
X.固形化栄養剤注入時の注意 |
1.注入時の温度
固形化栄養剤の調理後は冷蔵保管が衛生上も安全であるが,冷蔵したままで注入を行うと下痢などの胃腸障害の原因となる.そのため注入の際は“口に入れても冷たいと感じない程度”に加温した後に注入を行うべきである.
2.注入時に嘔気が発生する場合は
固形化栄養剤の一回注入量は液体経腸栄養剤の際の注入量と同一である.しかし体格や体調によっては液体栄養剤の1回注入量を受けつけない場合もある.その様な場合嘔気が発生することがあるが,嘔気が発生する場合は注入を中断し,1回の注入量を減らし投与回数を増やすなどの対処を行う.注入時は
“おなかの口から食べていただく”感覚で,患者さんの状態を慎重に観察しながら注入を行う.
|
Y.固形化栄養剤調理法の種類(写真3〜6) |
固形化栄養で使用される寒天には,100℃で2分間煮沸し溶解が可能な通常の粉末寒天と,80℃の熱湯で溶解が可能な即溶性粉末寒天がある.また注入のための容器はプラスチックシリンジとドレッシングポットが選択可能である.調理の方法は寒天の種類と注入容器により若干異なっており,調理のパターンは4種類という事になる(図2).固形化栄養剤の実施の際は,それぞれの特徴をふまえた上で調理する必要がある. |
写真3 通常の粉末寒天を使い,プラスチックシリンジで固形化する調理
1.栄養剤を加温
経腸栄養剤を寒天溶液と混合するとき,栄養剤が冷えていると,凝固が不均一になることがあるため,あらかじめ人肌程度の温度に暖める.
|
|
|
6.寒天溶解液と栄養剤を混合
寒天溶解液を経腸栄養剤の入ったボールに入れ,30秒程度撹拌して混合する. |
|
2.栄養剤を注入
寒天調理に先立って,加温した経腸栄養剤をボールなどの容器に入れる.寒天溶液の混合は経腸栄養剤が冷める前に行う.
|
|
|
7.経腸栄養剤を吸引
あらかじめ準備したプラスチックシリンジ(カテーテルチップ)で栄養剤を吸引する. |
|
3.粉末寒天を準備
粉末寒天を準備する.1本のスティックは4gのため半端があるときは予め計量しておくと良い. |
|
|
8.口の部分をラップで封印
静置凝固する際に栄養剤が漏れ出さないようにするため,プラスチックシリンジの口をサランラップなどで覆う. |
|
4.冷水に寒天を入れ加熱
症例の必要水分量を鍋の中に入れ,火をかける前に粉末寒天を入れて撹拌して寒天と水をなじませ,撹拌しながら加熱していく. |
|
|
9.静置して凝固
寒天の混合した経腸栄養剤の入ったプラスチックシリンジを静置し,栄養剤を凝固する. |
|
5.寒天を溶解
寒天は湯が沸騰した状態で撹拌を行い,約2分で溶解する.この煮沸時間は重要なのでタイマーなどを利用すると良い. |
|
|
|
|
|
写真4 即溶性粉末寒天を使い,プラスチックシリンジで固形化する調理
1.栄養剤を加温
経腸栄養剤を寒天溶液と混合するとき,栄養剤が冷えていると,凝固が不均一になることがあるため,あらかじめ人肌程度の温度に暖める. |
|
|
7.即溶性寒天を溶解
湯を入れた後も撹拌し,即溶性粉末寒天を溶解する.寒天粉末は目に見えるので,目視で溶解を確認する. |
|
2.栄養剤を注入
寒天調理に先立って,加温した経腸栄養剤をボールなどの容器に入れておく.寒天溶液の混合は経腸栄養剤が冷める前に行う様にする.
|
|
|
8.寒天溶解液と栄養剤を混合
寒天溶解液を経腸栄養剤の入ったボールに入れ,30秒程度撹拌して混合する. |
|
3.粉末寒天を準備
粉末寒天を準備する.即溶性寒天のスティックは1本が2gで,通常の粉末寒天と量が異なるため注意が必要である. |
|
|
9.経腸栄養剤を吸引
あらかじめ準備したプラスチックシリンジ(カテーテルチップ)で栄養剤を吸引する. |
|
4.水に寒天を入れる
少量の水に即溶性寒天を入れる. |
|
|
10.口をラップで封印
静置凝固する際に栄養剤が漏れ出さないようにするため,プラスチックシリンジの口をサランラップなどで覆う. |
|
5.水と寒天をなじませる
水と即溶性寒天を撹拌してなじませる.これにより寒天がダマになるのを防ぐ. |
|
|
11.静置して凝固
寒天の混合した経腸栄養剤の入ったプラスチックシリンジを静置し,栄養剤を凝固する. |
|
6.ポットのお湯を注入
症例の必要となる水分量になるまでポットのお湯を注入する. |
|
|
|
|
|
写真5 通常の粉末寒天を使い,ドレッシングポットで固形化する調理
1.栄養剤を加温
経腸栄養剤を寒天溶液と混合するとき,栄養剤が冷えていると,凝固が不均一になるため,あらかじめ人肌程度の温度に暖めておく.
|
|
|
5.寒天液を加熱
冷水に寒天を入れたら撹拌と開始して寒天と水をなじませ加熱していく.
|
|
2.栄養剤を注入
寒天調理に先立って,加温した経腸栄養剤をドレッシングポットに入れておく.寒天溶液の混合は経腸栄養剤が冷める前に行う. |
|
|
6.寒天を溶解
寒天は湯が沸騰した状態で撹拌を行い約2分で溶解する. |
|
3.粉末寒天を準備
粉末寒天を準備する.1本のスティックは4gであり,半端があるときは予め計量しておくと良い. |
|
|
7.寒天溶液を栄養剤に注入
沸騰した寒天溶液と人肌程度に加熱した栄養剤をポットの中で混合する. |
|
4.冷水に寒天を入れる
症例の必要水分量を鍋の中に入れ,火をかける前に粉末寒天を入れる. |
|
|
8.寒天溶液と栄養剤を撹拌
寒天溶液を栄養剤へ注入した直後に,ポットを振って混合撹拌する.撹拌の後に静置して凝固する. |
|
|
写真6 即溶性粉末寒天を使い,ドレッシングポットで固形化する調理
1.栄養剤をポットへ注入
あらかじめ人肌程度に加温した栄養剤を,ドレッシングポットへ注入する.
|
|
|
5.ポットのお湯を注入
症例の必要となる水分量になるまでポットのお湯を注入する. |
|
2.粉末寒天を準備
粉末寒天を準備する.即溶性寒天のスティックは1本が2gで,通常の粉末寒天と量が異なるため注意が必要である. |
|
|
6.即溶性寒天を溶解
湯を入れた後も撹拌し,即溶性粉末寒天を溶解する. |
|
3.水に寒天を入れる
少量の水に即溶性寒天を入れる. |
|
|
7.寒天溶液を栄養剤に注入
寒天溶液と人肌程度に加熱した栄養剤をポットの中で混合する. |
|
4.水と寒天をなじませる
水と即溶性寒天を撹拌してなじませ,寒天がダマになるのを防ぐ. |
|
|
8.寒天溶液と栄養剤を撹拌
寒天溶液を栄養剤へ注入した直後にポットを振って混合撹拌し,撹拌の後に静置して凝固する. |
|
|
|
Z.固形化栄養剤実施時の注意 |
1.固形化栄養剤導入後に発生する便秘
経管栄養の対象となる症例は寝たきり状態などADLが低く,便通が不良の症例も少なくない.この様な症例に液体経腸栄養剤の投与を行うと,液体経腸栄養剤の持つ緩下作用で便秘が改善することがある.そのため元々便秘のある症例に固形化栄養を導入すると,本来ある便秘状態に回帰することがある.よって固形化栄養剤の開始後は便通変化の観察を慎重に行う必要があり,便秘に移行する場合は緩下剤の与薬など適切な対処が必要になる.
2.導入時の院内ネットワーク
固形化栄養剤の実施にあたっては,本人,家族,医師,看護師,栄養科において,共通の目的意識が必要であり,どの部分が欠けても円滑な遂行は困難となる.特に固形化栄養剤の調理を行うためには,栄養科の理解と協力は欠かすことはできない.そのため固形化剤の導入を行う際は,導入に意欲的な部署が他の部署に対して,固形化栄養剤の方法,利点,欠点を啓蒙する必要がある.
3.注入容器の識別
医療施設や介護施設では,複数の症例に固形化栄養剤の投与を行う場合が発生しうる.その様な場合,注入容器がどの症例を対象としたものかを明確に識別できなければならない.筆者は注入器に名札を張ることにより識別を行い,取り違えを防止するように配慮している. |
|
[.おわりに |
経腸栄養剤の固形化は特別な治療法ではない.人間は本来固形物を主として摂取しているにもかかわらず,経管栄養症例に対しては全ての栄養分を水分として摂取するという非生理的な栄養補給を強いている.固形化栄養剤を利用した経管栄養投与法は,慣習的に行われている非生理的な栄養投与法を,生理的な栄養投与法に回帰させる栄養剤の調理法と考えている.今回の連載では,PEGの基礎,合併症の看護,固形化栄養剤の実践について細説した.しかし誌面での範囲では説明内容に限界があるため,応用知識の補填のために,別誌“胃瘻PEG合併症の看護と固形化経腸栄養の実践-
胃瘻のイロハからよく解る -”
(日総研出版)についても御一読いただければ幸いである. |
文 献 |
|
|