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連載:高齢者の栄養管理とPEG
第四回 PEG施行症例における固形化経腸栄養剤の実践 Ⅰ
― 固形化経腸栄養剤の基礎知識 ― |
ふきあげ内科胃腸科クリニック 蟹江治郎 |
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臨床老年看護2004; 11(4): |
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Ⅰ.はじめに |
従来より行われている経管栄養投与法は,チューブを経由した栄養投与を行う都合上,栄養剤は液体となっている.しかしPEGが普及するにあたり,経管栄養チューブは経鼻胃管のものと比較して太経で短くなった.このチューブの変容は,液体の栄養剤のみならずゲル化した経腸栄養剤の注入を可能にした.ゲル化とは液体(コロイド溶液=ゾル)が流動性を失い,多少の弾性と硬さを持って固化する事をいい,寒天などによる固化をはじめ,増粘剤,トロミ剤がこの範疇に含まれる.
本稿においては,以後3回にわたり粉末寒天を利用して栄養剤をゲル化した「固形化経腸栄養剤」について,その定義,効果,調理法,投与法,注意点などを論述したい. |
Ⅱ.なぜ経腸栄養剤は液体なのか? |
PEGが普及する以前の経管栄養投与法は,経鼻胃管を利用した投与法が主なものであった.経鼻胃管チューブはPEGチューブと比較して,経が細く長さも長いため,注入を行うのためには栄養剤は液体の形態である必要があった.一方,人間は一般に栄養物を主として固形物として摂取している.しかし経管栄養により栄養供給を受ける症例は,現状では液体の栄養剤のみが供給され“経腸栄養剤=液体”という非生理的な経腸栄養剤が常識となっている.
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Ⅲ.液体経腸栄養剤の問題点(図1) |
経口的に摂取した食物は,胃内において噴門と幽門といった出入口の生理的狭窄により,内容物の移動を制限して貯蔵する機能がある.そして胃内容物は蠕動運動により一定の割合で腸に移送される.しかし噴門と幽門という生理的な狭窄部分は,液体を容易に通過することから,液体経腸栄養剤の注入においては胃食道逆流や下痢の原因となる(1)(2).胃食道逆流は誤嚥の原因となり,時に致命的な合併症となる.PEGにおいて瘻孔拡張がある症例では,液体は容易に瘻孔を通過し栄養剤リークの原因にもなる(3).一般に液体による経管栄養の投与中は,胃食道逆流の予防のため座位による注入が推奨されている.しかし座位保持を行っている間は体位変換が出来なくなり,褥瘡の発生や悪化の原因となる.
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図1 液体経腸栄養剤の問題点
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Ⅳ.固形化経腸栄養剤とは何か(図2) |
固形化栄養剤とは液体栄養剤をゲル化したものであり,液体経腸栄養剤で見られる問題点の軽減を達成するため,筆者はその定義を“重力に抗してその形態が保たれる硬さとしたもの”とした(4).固形化栄養剤は液体経腸栄養剤を,調理によりゲル化した後に注入する.そのため液体で注入した後に,胃内で粘度増強を行う栄養投与法とは根本的に異なるものである.固形化栄養剤の硬さとしては,杏仁豆腐やプリン程度の硬度を目安としている. |
図2 固形化経腸栄養剤の外観
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固形経腸栄養剤の外観.
重力に抗して形態が保たれている. |
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不充分にゲル化した栄養剤.
不充分な固形化や粘度増強剤がこの範疇に入る. |
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Ⅴ.なぜ寒天で固形化するのか |
筆者は経腸栄養剤の固形化を考案するにあたり,表1に挙げた点を考慮しつつ固形化剤の選定を行った.候補となった固形化剤としては,寒天,ゼラチン,全卵を挙げた.一方,粘度増強剤やトロミ剤は固形化栄養剤の定義である“重力に抗してその形態が保たれる”ものから外れるため候補としなかった.固形化剤の候補である寒天,ゼラチン,全卵の中では,ゼラチンは体温で溶解する点と,粘度を増す点が問題であり固形化剤としては不的確と考えた.また全卵も食品のカロリーをあげてしまうことと,硬度の調節が困難という点で選択肢としなかった.一方,寒天は固形化栄養剤の必要条件を満たしており,更に食物繊維の健康への好影響もあり,固形化剤として最も適当なものと判断した(5)(表2). |
表1 固形化剤として必要となる条件
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● 安全な食品であること |
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● 安価であること |
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● 入手が容易であること |
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● 調理が容易であること |
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● 低カロリーであること |
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● 硬度調節が容易であること |
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● 付着性をまさないこと |
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● 体温で溶解しないこと |
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表2 固形化剤の比較
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粉末寒天 |
ゼラチン |
全 卵 |
トロミ剤 |
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重力に抗し形態を保持 |
○ |
○ |
○ |
× |
安 価 |
○ |
○ |
× |
× |
入手が容易 |
○ |
○ |
○ |
○ |
調理が容易 |
○ |
○ |
○ |
調理不要 |
硬度調節が容易 |
○ |
○ |
× |
× |
低カロリー |
○ |
○ |
× |
○ |
粘度を増さない |
○ |
× |
△ |
× |
体温で溶解しない |
○ |
× |
○ |
○ |
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Ⅵ.固形化経腸栄養剤とは区別されるもの |
●粘度増強剤
経腸栄養剤を注入した後に胃内で栄養剤をゲル化する粘度増強剤がある.この製品は液体経腸栄養剤を注入した後に粘度を持たせ,液体経腸栄養剤の問題点を克服しようとしたものである.効果についても有用であるという報告もあり評価を得ている(6).この製品と固形化経腸栄養剤との違いは,固形化栄養剤の投与法では予め栄養剤を固形化した後に投与を行うという点である.つまり固形化栄養投与法においては胃内に液体を注入することは無いが,粘度増強剤の場合は胃に注入する時点では栄養剤は液体であるという点において明確な違いがある.
●トロミ剤
嚥下補助食品であるトロミ剤は,ゲル化という点において固形化栄養剤と共通している.しかし,その硬さは固形化栄養剤と異なり重力に抗して形態を保つほどではなく,ゲル化の恩恵は少ないものと考えられる.また栄養剤の粘稠度を増すことにより,注入に要する力も多くなる.固形化経腸栄養の場合は“粘度増強なく固形化を行う”という事に重点を置いており,トロミ剤によるゲル化とは明確な差があるといえる. |
Ⅶ.固形化経腸栄養剤により期待される効果(図3) |
●胃食道逆流への効果
固形物は液体に比較し狭小部位の通過性が低下する.従って栄養剤の固形化により,栄養剤の噴門通過性が低下すれば胃食道逆流が軽減する事になる.胃食道逆流の減少は誤嚥による嚥下性呼吸器感染症の発症を予防する(7).また逆流の減少により経腸栄養剤は短時間での注入が可能になる.注入が短時間になれば,患者に要する介護力の軽減が可能になる.また注入が短時間で行えれば,液体経腸栄養剤で行われている投与中の座位保持が不要となり,褥瘡症例に際しては体位変換が継続できることから,褥瘡悪化の予防も可能になる(8).
●下痢および栄養剤リークへの効果
狭小部位の通過性の低下は,噴門と同じく幽門および瘻孔でも同様な効果が得られる.幽門の通過性の低下により,胃内容物の胃内停滞時間が長くなり,液体経腸栄養剤で見られる下痢の軽減が得られる.またチューブ挿入部においては,弛緩した瘻孔や拡張した瘻孔での栄養剤の漏れに対しての効果が得られる(9). |
図3 固形化経腸栄養剤により期待される効果
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Ⅷ.固形化栄養剤の胃食道逆流に対してのエビデンス(表3) |
液体経腸栄養剤の投与症例に対して固形化経腸栄養剤の投与を行い,胃食道逆流の減少が確認できた論文報告の内容について紹介する(10).
筆者らは液体経腸栄養剤を寒天で固形化し,その注入を行うことによって胃食道逆流の改善効果が得られるかの検討を行った.検討は経管栄養投与法を行っている17症例に,液体の経腸栄養剤の注入後と固形化経腸栄養剤の注入後に画像上胃食道逆流の有無について判定しその頻度を比較した.その結果,液体経腸栄養剤では17例中10名に胃食道逆流を認めたが,固形化経腸栄養剤への変更後には4名のみに経腸栄養剤胃食道逆流を認め,総計学的にも有意な差となった.よって経管栄養剤の固形化は,液体経腸栄養剤における胃食道逆流の頻度を減少し得る効果があるものと考えられる. |
表3 胃食道逆流の有無についての統計学的解析
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GER(+) |
GER(-) |
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液体経腸栄養剤投与 |
10名(58.8%) |
7名(41.2%) |
固形経腸栄養剤投与 |
4名(23.5%) |
13名(76.5%) |
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Mc Nemar’s test P=0.014
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Ⅸ.固形化経腸栄養剤の投与により
液体栄養剤による合併症が改善した一症例(図4,5) |
液体経腸栄養剤の投与症例に対して固形化経腸栄養剤の投与を行い,液体栄養剤の投与に伴って発生する様々な合併症を改善し得た症例の報告について紹介する(11).
症例は85才女性.介護老人保健施設にてPEGによる経管栄養管理を受けていた.入所時は状態が安定していたが,その後,経腸栄養剤の流涎,胃瘻挿入部からの経腸栄養剤リーク,嘔吐,発熱,栄養剤注入時の呼吸困難様症状,肺炎など液体経腸栄養剤による弊害を反復して認めた.そのため液体経腸栄養剤を固形化経腸栄養剤へ変更したところ,変更直後より発熱以外の症状が消失し,発熱に関しても開始後2週間で消失し良好な経過が得られた.また投与手技も簡略化され労働的負担の軽減にも寄与した. |
図4 固形化経腸栄養剤注入後の症状の変化
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Ⅹ.固形化経腸栄養剤の適応症例(表4) |
予め固形化された経腸栄養剤が市販化されていない現在,固形化栄養を行う際は,通常にはない調理と代用品を利用した注入という行程が発生する.そのため現状では,全ての経管栄養投与症例を固形化栄養剤に変更することは困難といえる.よって固形化栄養剤の導入にあたっては,実施施設の介護労働力を勘案し,症例の優先順位を決めたうえで順次導入することが望ましい.
液体経腸栄養剤の問題点を克服するために考えられた固形化経腸栄養剤は,液体経腸栄養剤による弊害が認められる症例が優先順位の高い症例となる.経管栄養投与中に喀痰量が増加し,吸痰が頻回に必要な症例は,誤嚥性肺炎の発症や窒息の危険性があり固形化栄養剤導入の必要性の高い症例といえる.またチューブ固定板管理に問題がないにもかかわらず栄養剤リークのある症例に対しては,現状では対応に難渋する事が多く,固形化栄養剤導入の必要性が高い状態といえる. |
表4 固形化経腸栄養剤の投与が特に推奨される症例
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・ 誤嚥を繰り返す症例
・ 嘔吐を繰り返す症例
・ 下痢を繰り返す症例
・ 栄養剤リークがある症例
・ 体位交換を必要としている症例
・ 褥瘡を有する症例 |
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Ⅺ.おわりに |
固形化経腸栄養剤を用いた経管栄養投与法は,液体経腸栄養剤に比較して生理的な栄養補給法であるが,医療現場においては未知なる方法でもある.そのため固形化経腸栄養投与法の導入にあたっては,この方法に対する充分な知識と理解が必要である.本稿においては固形化経腸栄養剤についての基礎的な部分につき説明を行った.次号からは実際に導入するためのノウハウについて細説を行う予定であり,本書読者諸賢にも是非参考にしていただきたい.
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引用文献 |
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