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寒天を利用した固形化経腸栄養剤の知識と実践 |
ふきあげ内科胃腸科クリニック 蟹江治郎 |
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Nutrition Support Journal 2004; 13:11-15 |
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はじめに |
近年,人口の高齢化に伴い脳血管障害や痴呆により長期の経管栄養管理が必要になる症例が増加しつつある.従来の経管栄養投与法における栄養剤は,かつて広く行われていた経鼻胃管による滴下投与を可能にするため,液体の形態が常識となっている.しかし液体は流動性が高いため,噴門や幽門といった生理的狭窄部位を容易に通過し,胃食道逆流や下痢の原因となる.また経皮内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous
Endoscopic Gastrostomy:以下,PEG)により栄養管理を受ける症例においては,瘻孔からの栄養剤漏れ(以下,栄養剤リーク)の原因にもなる(1).(図1)
近年,経管栄養投与法はかつて主流であった経鼻胃管を利用した経管栄養投与法から,PEGを利用した投与法へと変化を遂げた.このPEGで使われる経管栄養チューブは,経鼻胃管のチューブに比較して太く短いという相違があり,結果として予め固形化した栄養剤の注入を可能にしている.本編においては,新しい経管栄養投与法である固形化経腸栄養剤の効果,調理法,投与法を概説し,本法を実践し得るよう解説を行った.
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固形化経腸栄養剤の知識 |
1.固形化経腸栄養剤とは何か
筆者は固形化経腸栄養剤の定義を,栄養剤をゲル化し“重力に抗してその形態が変化しない”ものとしている.ゲル化とは液体が流動性を失い,多少の弾性と硬さを持って固化する事を意味する.しかし,固形化経腸栄養剤においては,栄養剤を単純にゲル化しただけではなく,液体である経管栄養剤でみられる問題点を軽減するための硬度を持ったものとしている.
2.固形化経腸栄養剤の効果(図2)
固形化経腸栄養剤は液体に比較して流動性が低下することにより,噴門の通過性が低下して胃食道逆流が減少する.筆者らの治験においても(2),液体経管栄養剤投与症例17例において10名に胃食道逆流を認めたが,それらの症例を固形化経腸栄養剤に変更することにより,胃食道逆流を4名にまで減少し得た(表1).胃食道逆流が減少すれば嚥下性肺炎の発生を減少し得る.また栄養剤注入もボーラス一括注入が可能になり,注入時間が短縮することにより,患者負担の軽減,介護負担の軽減,体位交換の継続が得られる等の恩恵がある(3).またボーラス注入は,液体経腸栄養剤投与法で行う緩徐な注入に比較して,胃壁の伸展が得られる.胃壁の伸展により,胃蠕動を強く促すガストリンの分泌刺激が得られ生理的な胃蠕動を発生しうる可能性がある.また経腸栄養剤の固形化により,噴門と同様,幽門や瘻孔の通過性も低下する.これにより液体経腸栄養剤の注入に起因する下痢や栄養剤リークも減少し得る(4). |
3.固形化経腸栄養剤開始後より液体経腸栄養剤の合併症が改善した一例
本項では日本老年医学会雑誌に報告を行った,固形化経腸栄養剤開始後より液体経腸栄養剤の合併症が改善した一例について略説する(5).症例は85才の女性.脳梗塞後遺症のため嚥下困難を来し,介護老人保健施設にてPEGによる栄養管理を受けていた.入所後1年間は状態が安定していたが,1年を経過した後から経腸栄養剤の流涎に加え,栄養剤リーク,嘔吐,発熱,栄養剤注入時の呼吸苦,肺炎を反復して認めた.固形化経腸栄養剤の開始後は,多くの症状が開始直後より消失し,開始後2週間で全ての症状が消失した(図3).また液体経腸栄養剤注入時に認められた苦悶様表情や不穏状態も,固形化経腸栄養剤の投与後より認められなくなった(写真1). |
4.固形化を行うための食品の選択
筆者は経腸栄養剤の固形化を行うにあたり,栄養剤が“重力に抗してその形態が変化しない”状態を可能にする固形化剤の選択を,表2の条件を勘案して行った.それらの条件を最もよく満たす食品として,筆者は粉末寒天を推奨している(表3).更に寒天は,食物繊維の健康への好影響から特定保健用食品として認定されており,WHO食品規格部会食品添加物専門家委員会でも一日接取許容量が“制限無し”と安全性が確認されている.そのため現状では,経腸栄養の固形化剤として,寒天が最も適当な選択肢と考えている. |
固形化経腸栄養剤の調理法 |
1.固形化栄養剤調理の基本(図4)
固形化経腸栄養剤の調理は,寒天を溶解した寒天溶液を経腸栄養剤と混合した後に静置すれば完了し,文字通りその調理は短時間で簡便に行う事ができる.調理の段取りとしては,まず加熱前の水に粉末寒天を混合する.その後,寒天の入った水を煮沸して寒天を溶解する.その寒天溶液に人肌程度に加温した経腸栄養剤を混合し,注入容器であるプラスチックシリンジに吸引し静置して凝固すれば完成である. |
2.使用する寒天の量と経腸栄養剤の硬さ
エンシュア・Hおよびエンシュア・リキッドを利用した経腸栄養剤固形化の実際例を写真2,3に示す.寒天による固形化は,乳脂肪分の多い液体では水と水との結び付けが弱くなることにより,固形化が行いにくいとされるが,エンシュア・Hとエンシュア・リキッドの間には顕著な差は認めなかたった.何れの製品においても,希釈した後の経腸栄養剤の分量200ml程度に対し,粉末寒天1gで良好な固形化が得られた.しかし,密閉した容器内で凝固した場合は水分が蒸発しないので,今回の治験で使用したカップの時より軟らかくなる場合があり,今回の結果はあくまで参考としての指標としてほしい. |
3.エンシュア・Hを利用した調理法(写真4)
1)栄養剤を加温
寒天溶液と混合する経腸栄養剤は,あらかじめ人肌程度に加温しておく必要がある.栄養剤は冷たい状態で寒天溶液と混合すると,不均一に冷却されることにより固形化も不均一になり注意を要する.
2)ボールなどにエンシュア・Hを注ぐ
寒天溶液の調理に先立って,加温したエンシュア・Hをボールなどの容器に入れておく.寒天溶液との混合は,経腸栄養剤が冷める前に行う.
3)水に寒天を入れ撹拌
粉末寒天は,まず水に入れて馴染ませる.加熱した後の湯に粉末寒天を入れると,寒天は“ダマ”になり溶解が困難になる.そのため必ず加熱前に混合する必要がある.
4)加熱して寒天を溶解
寒天は2分間の煮沸状態で撹拌して充分な溶解が得られる.煮沸時間を守ることは重要であり,タイマーなどで確認しながら行うとよい.
5)寒天溶液とエンシュア・Hを混合
寒天溶液をエンシュア・Hの入ったボールに注入する.注入は撹拌しつつ行い,撹拌は注入後30秒ほど続ける.
6)シリンジに経腸栄養剤を吸引
あらかじめ準備したプラスシックシリンジに,混合した経腸栄養剤を吸引する.プラスチックシリンジは連用すると動きが悪くなることがあるが,その際はゴムの部分にオリブ油などの食用油を塗るとよい.
7)口の部分をラップで封印
シリンジを横にしても栄養剤が漏れ出てこないよう,口の部分にラップを巻き封印を行う.
8)静置して凝固
寒天は室温静置でも,充分凝固が可能である.しかし,調理から注入まで24時間以上間隔がある場合は,衛生上の問題を避けるため冷蔵保存とするべきである. |
固形化経腸栄養剤の注入法 |
1.栄養剤の注入方法
固形化経腸栄養剤の注入は,いわゆるボーラス注入で行い,数分程度かけて一括して行う.注入時の座位保持は行っていない(写真5).1回の注入量は液体経腸栄養剤の1回注入量と同量で開始し,通常は500ml程度を目安にしている.注入後のフラッシュは少量の送気のみで行い,薬剤の溶解液以外は液体の注入はしない.医療施設などにおいて複数の症例に注入を行う際は,プラスチックシリンジに名札をつけ,患者同士の取り違えを防止する(写真6). |
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2.注入時の注意
固形化栄養剤の1回注入量は,液体栄養剤の1回注入量を目安にしているが,症例の体型などによっては規定の注入量に耐えられず,嘔気などを来す事例がある.この様な場合は無理をせず注入を一時中断し,時間を空けてから残量の注入を行う.仮に設定した注入量が耐えられない場合は,1回注入量を減らし注入回数を増やすことにより,1日の必要量を確保するようにする.また投与時の温度が冷蔵状態にあると,温度刺激により下痢などの原因となる場合がある.そのため栄養剤を冷蔵保存している場合は,一旦室温に戻した後に注入することが必要である. |
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固形化経腸栄養剤の問題点と注意点 |
1.固形化経腸栄養剤導入後に発生する“便秘”
PEGの対象となる症例の多くは高齢や寝たきり状態であり,この様な症例においては,もとより便秘状態のことが多い.液体経腸栄養剤の問題点の一つに下痢があるが,便秘状態の症例においては緩下剤として作用して便通が改善することになる.この様な症例に固形化経腸栄養剤を導入すると,もとよりある便秘状態に回帰する事になる.そのため固形化経腸栄養剤の導入後は便通変化に関して充分観察を行うのみならず,導入前より良好な排便コントロールを行っておく必要がある.
2.導入時の注意点
固形化経腸栄養剤の存在や利点が充分浸透していない現状においては,その導入にあたっては,患者本人,家族,医師,看護師,薬剤師,栄養士の全てが固形化栄養剤への知識を持ち,その意義を理解する必要がある.一部署の理解が欠けても円滑な導入の妨げとなり,結果的な負担は患者に降りかかることになる.仮に大規模医療施設において,固形化経腸栄養剤の導入を検討中であるならば,導入に意欲的な部署が,他の部署への啓蒙に充分努め,全部署の共通認識が得られた後に開始することが望ましいといえる.
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おわりに |
人間は本来,栄養分の摂取を主として固形物の形態で摂っている.しかしPEGなどの経管栄養症例においては,経鼻胃管栄養以外の選択肢が乏しかった時代の慣習を引き継ぎ,液体のみによる栄養投与を行っている.経管栄養を受ける症例の多くは高齢などのリスクの高い症例が多く,その様な症例に対して液体のみによる栄養補給を強いるという非生理的栄養補給は,様々な合併症の発症原因となっている.筆者は経管栄養投与法における“経管栄養剤=液体”という非常識な常識に問題を提起すべく,寒天による経腸栄養剤の固形化法を報告した.しかし現段階において全ての経管栄養剤は液体であり,固形化経腸栄養剤の投与を実施する施設においては,“経験したことのない調理”と“代用品を利用した投与”という工程を避けることは出来ない.今後は多くの方に本法を試していただき問題提起と解決法の模索を続けるのみならず,栄養剤にかかわる製薬メーカーや寒天食品メーカーの協力のもと,より簡便で安全な投与法を確立していく必要があるものと考える.
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文 献 |
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