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経腸栄養剤固形化によるPEG後期合併症への対策 |
蟹江治郎*,赤津裕康**,各務千鶴子**
*ふきあげ内科胃腸科クリニック
**福祉村病院 長寿医療研究所,
***医療法人みらい介護老人保健施設中津川ナーシングピア |
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臨床看護,へるす出版,東京,2003; 29(5):
664-670 |
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要旨 |
現在,経管栄養患者の経腸栄養剤は経管的投与を簡便に行うために液体の形状となっている.筆者らは食品用の粉末寒天を利用して経腸栄養剤を固形化し,胃瘻チューブを利用して投与を行うことにより,液体経腸栄養剤により発生する胃食道逆流,瘻孔からの栄養剤リーク,下痢などの合併症に対応を行っている.本稿では固形化経腸栄養剤の効果,調理法,投与法について解説し,読者の施設でこの投与法を実際に実行できる様に記述を行った.
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はじめに |
脳梗塞後遺症や痴呆など,消化管機能が保たれつつも嚥下機能に障害がある症例に対して,経管栄養投与法が広く行われている.従来の経管栄養投与法においては,その注入が簡便に行えることから液体の経腸栄養剤が使用されてきた.しかし栄養分の全てを液体として摂取することは非生理的行為であり,様々な合併症の発生の原因ともなっている.また液体経腸栄養剤はその合併症の予防のために,時には1時間以上の時間を要して緩徐な注入を行うが,その注入法では体位を固定した患者の負担や介護者の負担も大きくなる.また緩徐な注入においては,胃壁の充分な伸展が得られないため,胃蠕動を惹起しにくいという問題を持っている.
近年,経管栄養投与法はかつて主流であった経鼻胃管を利用した経管栄養投与法から,経皮内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous
Endoscopic Gastrostomy、以下PEG)を利用した投与法への変化を遂げた.このPEGを利用した経管栄養チューブは,経鼻胃管のチューブに比して太く短いという形状の特徴を持つことから,筆者は液体経腸栄養剤の問題点を克服するために,栄養剤に粉末寒天を加えて固形化することにより,嘔吐,栄養剤リーク,下痢などの経管栄養合併症へ対応を行っている.今回は固形化経腸栄養剤の効果,調理法,投与法を具体的に解説するとともに,実際に改善した症例について報告を行う.
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T PEGの術後合併症 |
1.PEG術後合併症の分類
筆者らはPEGチューブ挿入後,瘻孔が完成するまでの期間に発生する合併症と,瘻孔が完成した後の期間に発生する合併症の内容が異なる点に着目し,術後3週間以内を「前期合併症」,術後4週間以後を「後期合併症」との分類を行い(表1),合併症の発生頻度について検討を行っている(1)(2)(3).液体栄養剤の投与に伴う合併症としては,嘔吐などの胃食道逆流,瘻孔からの栄養剤漏れ(以下栄養剤リーク),そして下痢があげられる(図1). |
表1 内視鏡的胃瘻造設術の術後合併症
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前期合併症 (瘻孔完成前合併症) |
後期合併症
(瘻孔完成後合併症) |
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感染性 |
非感染性 |
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1)創部感染症
2)嚥下性呼吸器感染症
3)汎発性腹膜炎
4)限局性腹膜炎
5)壊死性筋膜炎
6)敗血症 |
1)創部出血
2)再挿入不能
3)事故抜去
4)バルーンバースト
5)皮下気腫
6)チューブ閉塞
7)胃潰瘍
8)嘔吐
9)胃-結腸瘻
10)肝誤穿刺
11)皮下気腫 |
1)嘔吐回数増加
2)再挿入不能
3)チューブ誤挿入
4)事故抜去
5)胃潰瘍
6)栄養剤リーク
7)バンンパー埋没症候群
8)チューブ閉塞
9)挿入部不良肉芽形成
10)チューブ挿入部皮膚炎
11)胃-結腸瘻
12)胃内バンパーによる幽門通過障害 |
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図1 液体栄養剤を使用した経管栄養管理における問題点
蟹江治郎:胃瘻(PEG)ハンドブック,第1版,医学書院,東京,2002,P117より転載
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2.液体経腸栄養剤投与に関連した合併症
胃は本来,食物を一定時間内部に貯留し,内容物を撹拌軟化しつつ小腸へ少しずつ送り出す役割を持っている.胃内容物は噴門括約筋により胃から食道への逆流が防止され,幽門括約筋により胃からの排出が調整されている.しかし液体の経腸栄養剤の場合,これらの胃貯留機能をこえて逆流排出する場合があり,胃食道逆流や下痢を来すことがある.またPEGを利用した経管利用の場合,瘻孔からの栄養剤漏れを引き起こすこともある.
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U 経腸栄養剤固形化による効果 (図2) |
1.胃食道逆流への効果
胃食道逆流の減少は誤嚥による嚥下性呼吸器感染症の発症を予防し得る.また逆流の減少により経腸栄養剤は短時間での注入が可能になる.注入が短時間になれば,患者に要する介護力の軽減が可能となる.また注入が短時間で行えれば,液体経腸栄養剤で行われている投与中の座位保持が不要となり,褥瘡症例に際しては体位変換が継続できることから,褥瘡悪化の予防も期待できる.
2.下痢および栄養剤リークへの効果
固形化経腸栄養剤は液体形状のものより物理的に狭小部分への通過性が悪く,栄養剤の胃内停滞時間が延長することにより下痢の予防効果が得られる.またPEGにおいては瘻孔の経年的変化に伴う拡大に伴って栄養剤リークを発生することがあるが,その際も同様の機序でリークの頻度を減少し得る.(4)
3.固形化経腸栄養剤の適応症例
固形化経腸栄養剤は液体経腸栄養剤に比して生理的な形態であることから,多くの利点を有している.しかし現在市販されている栄養剤のほとんどは液体のため,固形化栄養剤の使用にあたっては“調理”という煩雑な行程が加わる.そのため全ての経管栄養投与症例に固形化経腸栄養剤の投与を行うことは,現実的には困難であり,現段階では固形化経腸栄養剤の必要性の高い症例に対して優先的に投与を行うべきであろう.優先されるべき症例とは,無論,液体経腸栄養剤による合併症を有している症例ということになる(表2). |
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蟹江治郎 著:
胃瘻PEGハンドブック,
第1版,医学書院,東京,
2002,P118.より引用 |
表2 固形化経腸栄養剤の投与が特に推奨される症例
・ 誤嚥を繰り返す症例
・ 嘔吐を繰り返す症例
・ 下痢を繰り返す症例
・ 栄養剤リークがある症例
・ 体位交換を必要としている症例
・ 褥瘡を有する症例 |
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V 固形化経腸栄養剤調理の実際 |
1.寒天とは
寒天は紅藻類を中心とした海草から得られる天然多糖類で,熱水により抽出を行う食品である.溶液状態ではランダムコイルの分子として存在しているが,冷却によりダブルへリックス構造の三次元ネットワークを形成し,ゾルからゲルへ転移する.寒天の凝固点は摂氏40度前後で,1リットルの水を固めるために必要な量は10gである.一端凝固した寒天の融点は80度程度のため,室温で凝固し体内の温度では溶解しない特徴を持っている.一般的に調理用として流通している寒天は粉末状となった“粉末寒天”であるが,これには摂氏100度の湯で溶解する粉末寒天(商品名:かんてんクックR,伊那食品工業.電話:0120-321-621,HP:http://www.kantenpp.co.jp)と摂氏80度の湯で溶解する即溶性粉末寒天(商品名:手づくりぱぱ寒天R,伊那食品工業)とがある(表3). |
表3 粉末寒天の種類
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粉末寒天 |
即溶性粉末寒天 |
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溶解方法 |
摂氏100度の熱湯で2分間煮沸 |
摂氏80度以上の湯で撹拌 |
価 格 |
12.5円/g |
19円/g |
商品名 |
かんてんクックR |
手づくり ぱぱ寒天R |
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2.なぜ寒天を利用するのか
経腸栄養剤の固形化を考案するにあたり,その固形化剤として必要な条件として以下の部分を勘案して選定を行った:安価であること,入手が用意であること,低カロリーであること,調理が用意であること,粘度を増さないこと,体温で溶解しないこと,硬度の調節が容易なこと.寒天以外の固形化剤としてはゼラチンがあるが,ゼラチンは体温で溶解する点と,粘度を増す点が問題であり固形化剤としては不的確と考えた.他の固形化剤としては全卵もあげられるが,食品のカロリーをあげてしまうことと,硬度の調節が困難という点で選択肢とならなかった.一方,寒天は前述した必要条件を満たしており,更に食物繊維の健康への好影響から保健機能食品と認定を受けており,固形化剤として最も適当なものと判断した.
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3.投与器具
筆者は当初,液化状態の寒天をプラスチックシリンジへ吸引した後に,凝固したものをボーラス注入する方法を報告した
(5)(写真1).しかし現在は,より安価で簡便な調理用ドレッシングポット(写真2)を利用した投与を行い好感触を得ている(写真3).写真で示したドレッシングポットはイノマタ化学工業株式会社(電話:072-237-1351,HP:http://www.h3.dion.ne.jp/~inomata/)の製品で,100円均一ショップなどで容易に購入が可能である. |
写真1 プラスチックシリンジを利用した栄養剤投与法 |
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写真2 実際に使用しているドレッシングポット |
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写真3 ドレッシングポットを利用した栄養剤投与法 |
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4.調理法
固形化経腸栄養剤を作成するには,寒天を溶解した溶液と経腸栄養剤を混合し,投与するための容器に注入した後に室温ないし冷所で静置することにより簡便に行える(表4).経管栄養投与症例の多くは,経腸栄養剤原液のみでの投与を行うと過栄養状態になるため,一定量の水分で希釈して投与を行うが,筆者らはこの希釈するための水分を寒天溶液とし,原則的に水分の注入は治療薬剤溶解液分のみとしている.寒天の使用量は,投与する液体量(経腸栄養剤+水)200mlに対し1gを目安として杏仁豆腐程度の硬度としているが,寒天の量を増減により栄養剤の硬さの調節は可能である. |
表4 固形化経腸栄養剤の調理法
○ 冷水と粉末寒天を混合し撹拌
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○ 加熱して寒天を溶解
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○経腸栄養剤(人肌程度に加温)と混合
↓
○ 容器に注入し撹拌
↓
○ 冷所に保存し凝固する |
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寒天を溶解する際の注意としては,寒天粉末をまず水に入れた後になじませてから加温することである.湯に直接寒天粉末を入れると“ダマ”となり溶解が困難になってしまうためである.経腸栄養剤については高温では凝固する可能性があるため,直接高温加熱を行わず寒天溶液と混合した後に撹拌して凝固する方が望ましい.また寒天溶液と経腸栄養剤を混合する際は,栄養剤が冷たい状態にあると,寒天が充分混合する前に凝固を始め不均一な凝固となることがあるため,経腸栄養剤を予めある程度の温度(人肌程度)にしておく必要がある.
寒天には粉末寒天と即溶性粉末寒天の2種類があり,各々調理の方法が若干異なるため注意が必要である(写真4,5).通常の粉末寒天を溶解するためには,煮沸した熱湯で2分間撹拌する必要があり,即溶性寒天に比して調理の行程は増えるが,価格的には若干安価となる.即溶性寒天はポットの湯を利用して簡便に溶解し得るが,若干高価であり現段階では業務用包装も用意はされていない.
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写真4 粉末寒天の調理例 |
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写真5 即溶性粉末寒天の調理例 |
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写真4-1
経腸栄養剤を予め加温
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写真4-5
撹拌しつつ加熱
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写真5-1
ドレッシングポットへ注入
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写真5-5
ポットの湯を注入
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写真4-2
ドレッシングポットへ注入
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写真4-6
沸騰状態で2分撹拌溶解する
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写真5-2
即溶性粉末寒天を準備
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写真5-6
撹拌して溶解する
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写真4-3
粉末寒天を準備
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写真4-7
ドレッシングポットへ注入
↓ |
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写真5-3
少量の冷水と混合
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写真5-7
ドレッシングポットへ注入
↓ |
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写真4-4
冷水に混合
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写真4-8
撹拌した後に冷所にて保存 |
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写真5-4
撹拌して馴染ませる
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写真5-8
撹拌した後に冷所にて保存 |
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W 固形化経腸栄養剤の投与法 |
寒天は室温でも凝固し得るが,筆者らは衛生面の問題を考慮して冷所で凝固保存を行い,投与前に予め室温に戻して投与を行っている.投与はいわゆるボーラス注入の様式をとり,一括注入を行っている.投与中の座位保持は行っていない.1回の投与量は液体経腸栄養剤と同量で,通常は500ml程度であるが,その投与量に耐えられない症例については,1回の投与量を減らして投与回数を増やすことにより対応を行っている.
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X 固形化経腸栄養剤の投与が有効であった症例 |
1.症例
症例は85才の女性.脳梗塞後遺症のため嚥下困難を来し,胃瘻栄養管理を受けていた.脳梗塞発症後,状態の安定化にともない介護老人保健施設へ入所した.
2.入所後経過
入所後1年間は状態は安定していたが,1年を経過した後から経腸栄養剤の流涎に加え,栄養剤リーク,嘔吐,発熱,栄養剤注入時の酸素飽和度90%未満の数値を伴う呼吸困難様症状,肺炎を反復して認めた.それらの症状の中で最も高頻度であったものは流涎で,次いで高頻度であったのはリークであった.また経腸栄養投与時には苦悶様表情や不穏状態をしばしば認めた.それら有症状時には介護老人保健施設で可能な範囲内の診察治療と,総合病院への通院検査治療により経過を観察していたが,合併症も頻回となったため,その防止のために固形化経腸栄養剤の投与を開始した.
3.結果
固形化経腸栄養剤の投与開始後は,発熱以外の症状が固形化経腸栄養剤の投与直後より消失し,発熱も投与後2週間で消失した.また液状経腸栄養剤注入時に認められた苦悶様表情や不穏状態も,固形化経腸栄養剤の投与後より認められなくなった(図3). |
図3 経腸栄養剤固形化の施行症例の経過
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おわりに |
人間は本来,固形物を主体として栄養分の摂取を行っている.しかし経管栄養患者においては,その投与経路の問題から,液体のみによる栄養投与を行っている.経管栄養を受ける症例の多くは高齢で衰弱したハイリスク症例が多く,その様な症例に対して液体のみによる栄養補給を行うこという非生理的栄養補給は,前述のごとく様々な合併症の発症と関連する事となっている.今回我々は“経腸栄養剤=液体”という非常識な常識に問題を提議すべく,寒天による経腸栄養剤の固形化法を報告した.しかし現段階での固形化経腸栄養剤の投与法は,調理の手間の問題や専用の投与容器が無いなどの課題を残しており,発展途上の方法といわざるを得ない.今後は多くの方に本法を試していただき問題提議と解決法の模索を続けるのみならず,栄養剤にかかわる製薬メーカーや寒天食品メーカーの協力のもと,より簡便で安全な投与法を確立していく必要があるものと考える.
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文 献 |
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