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PEGからの経腸栄養の実際と注意点
6) 経腸栄養剤固形化の実際 |
ふきあげ内科胃腸科クリニック 蟹江治郎 |
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胃瘻(PEG)栄養 フジメディカル出版,大阪,2009;
76-81. |
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T 液体経腸栄養剤の問題点と固形化経腸栄養剤の意義 |
1.液体経腸栄養剤の問題点(図1)
脳梗塞後遺症や認知症などにより嚥下機能が障害された症例において,経管栄養投与法は一般的に広く行われる栄養補給経路となっている.経管栄養における栄養剤は,かつて広く行われていた経鼻胃管による滴下投与を可能にするため,液体の形状が常識となっている.胃は噴門と幽門という2ヶ所の生理的狭窄部位を持って,胃内容物を一定時間保持する機能がある.しかし液体は流動性が高いため,それらの狭窄部位の通過が容易となり,胃食道逆流や下痢の原因となる.また胃瘻においてはチューブ挿入部からの栄養剤漏れ(以下,栄養剤リーク)の原因にもなる(1). |
図1 液体栄養剤を使用した経管栄養管理における問題点
蟹江治郎:胃瘻(PEG)ハンドブック,第1版,医学書院,東京,2002より転載 |
2.固形化経腸栄養剤とは何か
筆者は固形化経腸栄養剤の定義を,栄養剤をゲル化し“重力に抗してその形態が保たれる硬さにしたもの”とし,単に流動性を失わせた半固形栄養と区別して検討している.ゲル化とは液体が流動性を失い,多少の弾性と硬さを持って固化したことを意味するが,固形化経腸栄養剤においては,栄養剤を単純にゲル化しただけではなく,液体である経管栄養剤で見られる問題点を軽減するための粘弾性を保持したものとしている.
近年,経管栄養投与法は,かつて主流であった経鼻胃管を経由した経管栄養投与法から,経皮内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous
Endoscopic Gastrostomy : PEG)を経由した投与法へと変化を遂げた.このPEGで使われる経管栄養チューブは,経鼻胃管のチューブに比較して太く短いという相違があり、結果として、あらかじめ半固形化した栄養剤の注入を可能にしている.固形化経腸栄養剤の実際の硬度としては,杏仁豆腐程度の硬さを目安とし,胃瘻チューブから注入後は胃内で粥状になり、実際の胃内容物に近似した物性となる様にしている. |
3.固形化経腸栄養剤により期待される効果(図2)
経腸栄養剤の固形化により流動性は低下し,噴門部の通過性が低下して胃食道逆流が減少する(2)(3).また胃食道逆流の減少により嚥下性肺炎の発症が軽減する.さらに注入もボーラスでの一括注入が可能になり,注入時間の短縮により患者本人と介護者の負担軽減に寄与することになる(4).注入時間が短時間になる事は,注入中の長時間に渡る座位保持が不要になり,褥瘡症例に対しては体位変換の継続が可能になることから病変の悪化を防止することができる(5).また固形化により噴門と同様に幽門や瘻孔の通過性も低下する.これにより液体経腸栄養剤の注入に起因する下痢や栄養剤リークも減少し得る(6).
また,固形化により噴門と同様に幽門や通過性も低下する.これにより,液体経腸栄養剤の注入に起因する下痢や食後高血糖の改善も得られる(6).さらに胃瘻症例においては瘻孔の低通過性が低下することにより、栄養剤リークの頻度も減少しうる(7).
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図2 固形化栄養の特徴
蟹江治郎:胃瘻(PEG)ハンドブック,第1版,医学書院,東京,2002,P117より改変し転載 |
U 固形化経腸栄養剤の知識 |
1.固形化経腸栄養剤のゲル化法(表1)
筆者は経腸栄養剤の固形化を考案するにあたり,固形化栄養剤の調理で用いるゲル化剤の条件として,重力に抗して形態の保持が可能な硬さが得られる事の他に,安価,入手が容易,調理が容易,硬度調節が容易,低カロリー,粘度増強がない,そして体温で溶解しない等の条件を満たす食品を模索した.その結果,各種ゲル化剤の中では粉末寒天のみが条件に合致していた(表1).更に寒天は,食物繊維の健康への好影響から特定保健用食品として認定を受けており,WHO食品規格部会食品添加物専門家委員会でも一日接取許容量について“制限無し”と安全性が確認された食品である.また粘度増強による半固形栄養と異なり付着性が低いため、胃瘻からの注入も容易で,現状では経腸栄養の固形化剤として最も適当な選択肢と考えている. |
表1 固形化剤の比較
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粉末寒天 |
ゼラチン |
全 卵 |
トロミ剤 |
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重力に抗し形態を保持 |
○ |
○ |
○ |
× |
安 価 |
○ |
○ |
× |
× |
入手が容易 |
○ |
○ |
○ |
○ |
調理が容易 |
○ |
○ |
○ |
○ |
硬度調節が容易 |
○ |
○ |
× |
× |
低カロリー |
○ |
○ |
× |
○ |
粘度を増さない |
○ |
× |
△ |
× |
体温で溶解しない |
○ |
× |
○ |
○ |
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2.固形化経腸栄養剤の適応
現在,経管栄養投与法で用いられる栄養剤の多くは液体であるが,これは過去に主流であった経鼻胃管が,液体のみの注入が可能であったためであり,液体という物性が生体にとって医学的に有益という理由ではない.つまり胃瘻症例の様に,液体でも固形化栄養でも通過が可能な栄養管を使用している場合,固形化栄養が液体栄養に比較して生理的な形状である分,非生理的な形状であるのみならず,注入にも時間を要する液体栄養を選択する理由は希薄であると考える.なかでも固形化栄養が積極的に推奨される症例は,液体栄養の弊害,つまり液体栄養の流動性により胃食道逆流,嚥下性肺炎,下痢,食後高血糖,栄養剤リークなどを認める症例や,褥瘡のある症例がよい適応といえる. |
V 固形化経腸栄養剤の調理法 |
1.固形化を行うため必要となる寒天の量
100mlの水を固めるために必要な寒天の量は1g程度といわれている.しかし固形化経腸栄養剤は栄養チューブを経由した注入を可能にするため,経口食品とは異なる量での調整が必要になる.筆者は経腸栄養剤を杏仁豆腐程度の硬さとするための寒天必要量として,希釈した栄養剤の総水分量200mlに対して粉末寒天1gを目安としている.しかし凝固の硬度は,栄養剤の成分や凝固する容器にも影響されるため,固形化栄養剤を実施する施設においては,実際に使用する栄養剤を使い,予め固形化調理を行って硬さの確認をする必要がある. |
2.固形化経腸栄養剤の調理法(図3)
固形化経腸栄養剤の調理は,寒天を溶解した溶液を経腸栄養剤と混合し,注入容器であるプラスチックシリンジに吸引した後に静置することで,短時間で簡便に行う事ができる.経管栄養投与症例の多くは,経腸栄養剤の原液のみでの投与を行うと栄養過多になるため,一定量の水分で希釈して投与が行われることが多い.筆者らはこの希釈するための水分を,寒天溶液として調理を行っている.固形化栄養剤を行う症例での液体注入は,原則的に治療薬剤の溶解液分の水分量のみとしている(7). |
図3 通常の粉末寒天を使い,プラスチックシリンジで固形化する調理
1.栄養剤を加温
経腸栄養剤を寒天溶液と混合するとき,栄養剤が冷えていると,凝固が不均一になることがあるため,あらかじめ人肌程度の温度に暖める.
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6.寒天溶解液と栄養剤を混合
寒天溶解液を経腸栄養剤の入ったボールに入れ,30秒程度撹拌して混合する. |
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2.栄養剤を注入
寒天調理に先立って,加温した経腸栄養剤をボールなどの容器に入れる.寒天溶液の混合は経腸栄養剤が冷める前に行う.
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7.経腸栄養剤を吸引
あらかじめ準備したプラスチックシリンジ(カテーテルチップ)で栄養剤を吸引する. |
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3.粉末寒天を準備
粉末寒天を準備する.1本のスティックは4gのため半端があるときは予め計量しておくと良い. |
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8.口の部分をラップで封印
静置凝固する際に栄養剤が漏れ出さないようにするため,プラスチックシリンジの口をサランラップなどで覆う. |
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4.冷水に寒天を入れ加熱
症例の必要水分量を鍋の中に入れ,火をかける前に粉末寒天を入れて撹拌して寒天と水をなじませ,撹拌しながら加熱していく. |
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9.静置して凝固
寒天の混合した経腸栄養剤の入ったプラスチックシリンジを静置し,栄養剤を凝固する. |
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5.寒天を溶解
寒天は湯が沸騰した状態で撹拌を行い,約2分で溶解する.この煮沸時間は重要なのでタイマーなどを利用すると良い. |
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3.固形化経腸栄養剤調理時の注意
寒天を溶かした寒天溶液を調理する際の注意としては,粉末寒天をまず水に入れて馴染ませた後に加熱溶解することである.沸騰した熱湯に粉末寒天を入れると,寒天は“ダマ”になり溶解が困難になる.寒天は2分間の煮沸状態で充分な溶解が得られるため,煮沸時間についても注意が必要である.また寒天溶液と混合する経腸栄養剤は,あらかじめ人肌程度に加温しておく必要がある.栄養剤は冷たい状態で寒天溶液と混合すると,急速に冷却されることにより固形化が不均一になり注意を要する. |
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W 固形化経腸栄養剤の投与法 |
1.固形化経腸栄養剤の投与法(図4)
寒天溶液は室温でも凝固が可能なため,筆者は調理後半日以内に注入する時は,室温で静置して凝固が得られた後に注入を行っている.調理から注入まで半日以上を要する場合は,衛生面の問題を考慮して冷蔵庫内で凝固保存を行い,投与前に予め室温に戻してから注入を行っている.注入はいわゆるボーラス注入で行い,一括で数分間かけて注入を行っている.注入中の座位保持は行っていない.1回の注入量は液体経腸栄養剤と同量で,通常は500ml程度を目安にしている.注入後のフラッシュは少量の送気のみで行い,液体は注入していない. |
図4 固形化栄養剤の投与法
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2.固形化栄養剤投与時の注意
固形化経腸栄養剤を注入する際,栄養剤が冷蔵保存をされている場合,そのままの温度で注入を行うと下痢などの胃腸障害の原因となる.そのため注入時の温度を“口に入れても冷たいと感じない程度”まで加温する必要がある.
固形化経腸栄養剤の一回注入量は,液体経腸栄養剤の一食分を目安に決定される.しかし症例の体型や体格によっては,液体経腸栄養剤と同量の注入を受け付けず,嘔気を来す例もある.注入時は“おなかの口から食べさせる”感覚で,患者の観察を慎重にしながら注入を行う.もし嘔気が発生する場合は,注入を一時中断し,時間を空けて注入を行うようにする.また設定した注入量に耐えられない症例については,1回の注入量を減らして注入回数を増やすことにより対応を行っている. |
X 調理を必要としない市販固形化栄養 |
1.寒天調理を行うための問題点
寒天を用いた液体経腸栄養剤の固形化調理は,栄養剤の種類を問わず簡便に実施が可能である.しかし,施設によっては栄養科業務に労働力としての余裕がない場合もあり,調理が実施出来ない場合は,固形化栄養投与法を実施することは出来ない.その様な場合,かつては寒天で固形化した栄養剤がなかったため固形化栄養投与法を行えなかったが,近年,あらかじめ固形化した栄養剤が市販され入手が可能になったため,調理が行えない施設においても,その実施が可能になった.
2.寒天を用いた市販固形化栄養(図5)
大塚製薬工場から市販されているハイネゼリーRは,寒天で固形化した栄養食品でプリン状の物性であり,固形化栄養の定義を満たした製品である.この製品には経口摂取用キャップが付属されているが,この部品を利用してPEGカテーテルと接続し,PEGからの注入も可能である.独自に固形化調理を行うときのように注射器も必要とせず、容器を握るだけで簡便に注入が可能である。ただし本製品の場合,1パック300Kcalの中に含まれる水分は228mlとなり別途水分補給は必要となる.そのため水分に関しては,本製品の注入後に滴下注入する事になるが、滴下注入により液体経腸の問題点が出る場合は,寒天で固形化した水分を注入するか,ゲル化した水分であるOS1ゼリーRの注入を行う. |
図5 市販固形化栄養のハイネゼリー |
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文 献 |
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