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半固形栄養法の適応をめぐって |
蟹江治郎*
* ふきあげ内科胃腸科クリニック |
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看護技術 メジカルフレンド社 2008; 54(9):
26-31 |
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T はじめに |
近年,人口の高齢化に伴い,脳卒中後遺症や認知症により経管栄養投与法を必要とする症例が増加の一途をたどっている.経管栄養投与法の経路として,従来は経鼻胃管を利用した投与法が主たる方法であったが,PonskyおよびGaudererにより内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous
Endoscopic Gastrostomy、以下PEG)が報告(1)された後は,この方法が安全で簡便であることから経鼻胃管に置き換わる方法として急速に普及している.PEGにおける栄養管は経鼻胃管の栄養管に比較して内径が太く長さも短いことから,栄養剤の流動性を低下させた半固形流動食の注入を可能にしている.半固形化の方法には寒天などを用いた固形化栄養投与法(2)(3),粘度増強剤を利用した半固形短時間注入法(4),そしてミキサー食を利用した栄養投与法(5)があげられる.
本稿においては,これら半固形栄養法の適応について論述する. |
U PEG症例における半固形栄養法の効果 |
1.栄養剤が液体であるがゆえの問題(図1) |
胃には食物を一定の間,胃内に留めて内容を撹拌するという生理作用がある.この機能を果たすために胃は,噴門により胃食道逆流を防ぎ,幽門により内容物の通過を調節している.つまり胃は,その入口と出口に噴門と幽門といった生理的狭窄部位を持つことにより,その内容物が保持される.しかし液体は,生体が食物を咀嚼嚥下した胃内容物に比較して流動性が高く,これらの生理的狭窄部位の通過が容易となる.その結果,液体のみを投与する経管栄養投与法は,胃食道逆流や下痢の原因の一つとなるものと考える.またPEG症例においては,瘻孔部分の通過性が亢進すれば栄養剤リークの原因ともなる(6). |
図1 液体栄養の問題点 |
蟹江治郎:胃瘻(PEG)ハンドブック,第1版,医学書院,東京,2002,P117より転載 |
2.半固形栄養法の効果 |
半固形化栄養の効果を,筆者が報告した寒天による固形化栄養投与法を例に説明する.固形化栄養とは液体栄養の問題点を克服すべく考案された経管栄養剤であり,栄養剤をゲル化(=流動性を失わせ一定の形態を保持する状態にする事)し“重力に抗してその形態を保つ硬さ”としたものである.寒天による調理後はプリン状の形態となり,胃瘻より注入後は胃内において胃内容物と同様の形状となる.本法においては胃瘻から注入後の胃内において,液体のみを注入する経管栄養投与法に比較して生理的な物性となり,その結果として胃内容物の胃内における保持が適正化され,胃食道逆流,下痢,栄養剤リークなどに対して一定の効果をもつ(6)(7). |
図2 固形化栄養の特徴 |
蟹江治郎:胃瘻(PEG)ハンドブック,第1版,医学書院,東京,2002,P117より改変し転載 |
V 合併症からみた半固形栄養法の適応 |
1.胃食道逆流 |
1)原因
胃は咀嚼嚥下した食物を胃内容物とし,一定の時間,胃内に留めておく機能がある.胃の内容物は通常,胃の噴門部に阻まれ食道への逆流を防いでいるが,何らかの条件で噴門部を越え胃から食道へ逆流する現象を胃食道逆流という.PEG症例で,しばしば診られる嘔吐は胃食道逆流の結果によって起こるものであり,逆流物を誤嚥すると嚥下性肺炎の原因にもなる.
2)固形化栄養剤を使った防止の試み
胃食道逆流は噴門機能の低下した食道ヘルニアの症例でしばしば診られる.また,固形物を主体に栄養摂取を行う生理的な状態に比較して,全ての栄養を液体で摂取する従来の経管栄養投与法においては,胃内容物が全て液体であることから噴門の通過が容易になる.そのため液体のみによる従来の経腸栄養投与法自体が,胃食道逆流,嘔吐,嚥下性呼吸器感染症の原因となっている可能性はある.そのため,胃内へ注入する栄養剤を半固形化することにより流動性を低下して,噴門部の通過を可能な限り減少させ,胃食道逆流を防止する試みが行われている.
筆者は寒天を利用した,いわゆる固形化経腸栄養剤で実際に胃食道逆流の減少が得られるかの検討を行い,その効果について報告を行っている(8).この検討ではPEGにより経腸栄養管理を行い状態の安定している症例に対し,液体経腸栄養剤の注入後と固形化栄養剤の注入後での胃食道逆流の頻度を,CTを用いた画像診断で比較を行った.その結果,液体経腸栄養剤で胃食道逆流を認めた症例は17名中10名であったのに対し,固形化経腸栄養剤への変更後も胃食道逆流を認めた症例は17名中4名と,統計学的に有意な減少を認めた.これにより固形化経腸栄養剤は単に理論上のみならず.実際臨床上においても胃食道逆流の頻度を減少し得る事が証明された(表1).また臨床的にも半固形化栄養の嚥下性呼吸器感染症に対しての効果も報告されている(9)(10).そのため,胃食道逆流を繰り返す胃瘻症例においては,栄養剤の半固形化は有効な対処法と考えられる.
3)栄養剤の有効な粘弾性
半固形とは液体と固体の両方の属性をもつ物性で,液体より固体に近いものとされている.前述で半固形流動食の有効性について述べたが,一方で“半固形であれば全て胃食道逆流に対し有効という訳ではない”という事も理解しておかなければならない.筆者が検討を行った,いわゆる固形化経腸栄養剤は,重力に抗してその形態を保つ硬さをもつ粘弾性をもった物性のものであり,それより低い粘弾性のものについては有効性が証明されてはいない.また粘度の面から考えると,胃本来の正常な貯留能や排出能による胃食道逆流が防止でき,かつ安全に簡便に注入できる栄養剤の粘度は20,000cPとされているが(11),現在市販されている半固形流動食のほとんどは有効とされる粘度に達していないというのが現状である.そのため経管栄養管理を行う医療従事者の立場として,市販されている半固形栄養剤を使用する際は,栄養剤が半固形化されているか否かの認識のみならず,有効とされている形状に叶っているかを確認した上で使用することが求められるものと考える. |
表1 液体栄養と寒天固形化栄養における胃食道逆流の頻度 |
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胃食道逆流あり |
胃食道逆流なし |
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液体経腸栄養剤投与 |
10名(58.8%) |
7名(41.2%) |
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固形化経腸栄養剤投与 |
4名(23.5%) |
13名(76.5%) |
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2.下痢 |
経管栄養症例においてみられる下痢は,比較的頻繁に経験する合併症である.しかし経管栄養症例は多重疾患を持つ高齢者が多く,時に寝たきり状態などにより自覚症状を明確に伝えることが出来ないため,その原因診断にはしばしば難渋する.また経管栄養症例でみられる下痢においては,何らかの疾病に伴って発生する事例に加え,何ら疾病背景を持たず不適切な管理により発生する下痢もある.
1)クロストリジウム・ディフィシルによって発症する下痢症
何らかの疾病に伴う下痢では,偽膜性腸炎の原因菌であるクロストリジウム・ディフィシルによって発症する下痢症が,経管栄養症例において希ではないことが知られており(12),下痢の症例に遭遇したら,まずは下痢の原因疾病の鑑別診断を行う必要がある.
2)疾患背景をもたない下痢
何ら疾病背景を持たず発生する原因としては,液体経管栄養の注入速度が早い場合,経管栄養剤の浸透圧が高い場合などが挙げられる.一方で注入する栄養剤が液体のみという従来の経管栄養投与法にも問題があるものと考えられる.液体は半固形物に比較して流動性が高いため,幽門部の通過性が高く,結果として下痢の原因となる可能性がある.栄養剤が液体であるとという食品物性そのものの問題により発生する下痢ならば,栄養剤の半固形化は,その対処として有効な手段となりうる(11). |
3.栄養剤リーク |
胃瘻の瘻孔より胃内容物が漏れ出てくる合併症を栄養剤リークという.栄養剤リークの原因としては,胃内部にあるカテーテル抜去防止装置である胃内ストッパーが,腹壁内に埋没するバンパー埋没症候群や,胃内ストッパーと外部ストッパーの間隔が狭すぎ,ストッパー同士の瘻孔への挟み込みにより発生する瘻孔部の圧迫壊死が原因となることがある.一方で頻度の高いものとしては,カテーテルの経に対して瘻孔が拡張する瘻孔自然拡張が挙げられる(6)(7).
瘻孔自然拡張の場合,その対処には苦慮する事がしばしばある.しかし,瘻孔の拡張がわずかな場合は,胃内容物の流動性を低下させる半固形栄養が有効な場合もあり(13),栄養剤リークに対しては最も推奨される対処法との報告もある(14)(図3).そのため栄養剤リークを認めた際は,その原因について鑑別を行い,瘻孔自然拡張による症状ならば,栄養剤の半固形化を検討するべきものと考える. |
図3 瘻孔からの栄養剤漏れ(栄養剤リーク)への対策 |
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◎ |
1.栄養剤の粘度増強・固形化 |
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○ |
2.いったん抜去し,瘻孔の縮小を待って再挿入 |
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△ |
3.PEGカテーテルを腹壁に対して垂直に立てておく |
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△ |
4.PEGカテーテルのタイプを変更 |
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△ |
5.胃瘻部を縫縮 |
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× |
6.PEGカテーテル経のサイズアップ |
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×× |
7.バンパー(外部ストッパー)を締めつける |
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◎ :推奨される方法
○ :一応推奨されるが,注意が必要
△ :試してみてもよいが,効果不明
× :なるべく避けるべき方法
××:絶対に行うべきではない方法 |
4.褥瘡 |
1)長時間座位保持による褥瘡の発生
従来行われている液体経腸栄養剤においては,胃食道逆流による嘔吐を防止する目的で30度ないしは90度のギャジアップを行い注入を行う.注入の速度に関しては経腸栄養剤の添付文書上は,嘔吐下痢の防止のため1時間あたり100〜150mlの速度で滴下注入を行う事となっている.この様な栄養投与法の場合,投与症例に長時間の座位保持を強いると共に,褥瘡症例に対しては体位変換の中断を余儀なくされる.これらの投与法により体位の固定による褥瘡の発症または悪化が懸念される.
2)栄養剤の注入時間短縮による改善効果
一方,栄養剤の半固形化により胃食道逆流や下痢の防止が可能ならば,栄養剤は数分間かけ一括注入することが可能となる.これにより座位保持も不要になるため体位交換の継続が可能になり,褥瘡の予防ないし改善に効果が期待でき,実際の臨床報告においても,褥瘡をもつ胃瘻症例に半固形化栄養を導入することにより改善を得たとの報告もある(13).また平良らによれば,褥瘡症例に対し寒天による固形化栄養を導入した後に有位差をもって改善を得たのみならず,寒天固形化栄養の導入後は新規の褥瘡が発生しなくなったとの結果も報告されている(14).そのため褥瘡の発症している症例や発症の恐れのある胃瘻症例に対しては,積極的に半固形化栄養を導入し,短時間で注入することにより体位変換を継続し,褥瘡の発症悪化を防ぐべきである. |
5.食後高血糖 |
液体経腸栄養は半固形化栄養に比較して流動性が高いため,液体のみの経腸栄養を注入することは,胃内容物の胃内停滞時間が生理的状態に比較して短縮することが考えられる.胃内容物の胃内停滞時間の短縮は,耐糖能異常のある症例において食後血糖値を上昇させる可能性がある.実際,筆者は胃瘻管理となっている糖尿病症例において,液体栄養管理を行っている状態で認めた食後高血糖が,寒天固形化栄養に変更することにより改善した事例を経験している(17).今回の経験より,糖尿病に罹患した経管栄養症例においても,半固形化栄養の導入を検討すべきものと考える. |
6.認知症による多動症例 |
認知症などにより不穏多動状態のある症例において液体栄養の滴下注入を行う際は,経腸栄養投与中に患者自身が栄養管に触れることにより,胃瘻カテーテルの接続部がはずれたりイルリガートルが落下するなどのトラブルを起こすことがある.前述のごとく液体栄養の滴下注入は,胃食道逆流や下痢を防止するために,緩徐な速度で滴下注入を行う事となっている.そのため多動症例に対しての液体栄養管理は,滴下注入中は常時の見守りが必要になるが,これは介護する側にとっては大きな負担となる.
一方,半固形化栄養の場合は短時間に栄養注入が可能なため,注入中の見守りの作業が解消され管理はより容易なものになる.よって認知症による多動症例の場合,対象症例への利点のみならず,介護者の負担が軽減するといった意味においても,半固形化栄養の適応があるものといえる. |
W 広い意味で考える半固形化栄養法の適応
― 逆転の発想で考える液体栄養投与法の適応とは ― |
我々は通常,栄養分である食物を固形物として摂取し,咀嚼嚥下して胃内へ移送している.結果として食物は,胃内において半固形物として存在する事になる.一方で現在,経管栄養投与法で用いられる栄養剤の多くは液体であり,経管栄養症例は液体のみによる栄養摂取が行われている.これは経鼻胃管という,かつては主流であった経管栄養投与法で使用される栄養管が,液体のみの注入が可能であったためであり,液体のみの投与法が生体にとって医学的に有益という理由ではない.つまり胃瘻症例の様に,液体でも半固形でも通過が可能な栄養管を使用している場合,半固形化栄養が液体栄養に比較して生理的な形状である分,非生理的な形状であるのみならず,注入にも時間を要する液体栄養を選択する理由は,希薄であると考えざるを得ない.
一方,半固形栄養投与法は,胃瘻に比較して細径のカテーテルを使用している場合においては注入が物理的に困難となる.代表的な事例は経鼻胃管による栄養管理であるが,胃瘻カテーテルにおいても16Fr未満のカテーテルでは半固形化栄養の注入が困難となる.またボタン型の胃瘻カテーテルの場合,仮に太さが16Fr以上であったとしても,栄養管の接続部が細径の場合は注入が困難となるので注意を要する(図4).そのためボタン型胃瘻カテーテルの場合は,実際に使用する前にボタンと接続する接続管に,使用を予定している半固形化栄養を事前に注入して通過の可否を確認する必要がある.他の経管栄養投与法として注意を要する方法として経皮経食道胃管挿入術(以下,PTEG)が挙げられる.この方法の場合,経鼻胃管と同様に胃瘻カテーテルに比較して細径で長いカテーテルが使用されるため.半固形化栄養の注入が困難となる.よって表2にあげられる事例においては液体栄養のよい適応となる. |
図4 半固形化栄養が困難なボタン型カテーテルの一例
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表2 経管栄養投与法における液体栄養の適応
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・ 経鼻胃管
・ 細径の胃瘻カテーテル(16Fr未満)
・ 接続部の細いボタン型カテーテル
・ PTEG |
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X おわりに |
現状,経管栄養剤の多くは液体となっている.前述のごとく栄養剤が液体である理由は,かつて主流であった経管栄養投与法である経鼻胃管が,液体以外の通過を許さなかったことに起因している.一方,長期管理を要する経管栄養投与法においては,従来,経鼻胃管のみが選択肢であった時代と異なりPEGの有効性が認められ広く普及している.しかし,経管栄養で使用する栄養剤の形状は,経鼻胃管のみが可能であった時代から変化がなく,経管栄養投与法の進歩に追随しているとは言い難い.
PEGの場合,使用される多くのカテーテルは経鼻胃管に比較して太経で短いことから,半固形栄養剤の注入が可能となっている.故に我々も,経管栄養投与法が経鼻胃管からPEGに進歩したのと同様に,経腸栄養剤の形状も液体から半固形へと発想を切り換える時期に来ているのではないのだろうか. |
文 献 |
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