|
固形化経腸栄養剤の実施における栄養剤の安定性と安全性の評価
−調理によるビタミンの変化と細菌学的変化− |
蟹江治郎*,鈴木裕介**,赤津裕康***,各務千鶴子**** |
|
*ふきあげ内科胃腸科クリニック, **名古屋大学医学部老年科学教室,
***福祉村病院 長寿医療研究所, ****介護老人保健施設中津川ナーシングピア |
静脈経腸栄養 2004; 19(1): 65-69 |
|
|
要 旨 |
筆者らは液体経腸栄養剤に関連した合併症を防止する目的で,栄養剤を寒天で固形化して投与する固形化経腸栄養投与法を提唱している.今回この投与法の安全性を検証する目的で,経腸栄養剤加熱によるビタミン崩壊の程度,固形化経腸栄養剤調理によるビタミン崩壊の程度,および固形化経腸栄養剤の保存期間と細菌学的検討をおこなった.栄養剤加熱によるビタミン崩壊においては80℃加熱群において,加熱24時間後でサイアミンが加熱前の60.1%に減少を認めたが,60℃加熱群には変化は認められなかった.固形化経腸栄養剤調理おいては,ビタミン崩壊は認めなかった.固形化経腸栄養剤の保存期間と細菌学的検討においては,冷蔵保存群においては72時間以内,室温保存群において24時間以内は可食限界内の細菌数であった.今回の検討においては,経腸栄養剤固形化によるビタミンの変化は生理的許容範囲内であり,細菌学的にも24時間以内の投与においては問題がないことが示された. |
はじめに |
近年,嚥下障害を有する症例に対しての経管栄養管理法として,内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous
Endoscopic Gastrostomy,以下PEG)を用いた栄養管理が,従来行われていた経鼻胃管法に比して多くの利点を有するため急速に普及しつつある.PEGにおけるチューブは経鼻胃管に比較して太く短いという特徴があり,予めゲル化した経腸栄養剤の注入を可能にしている.
我々は寒天を用いて栄養剤のゲル化を行い,重力に抗してその形状が保たれるものを“固形化経腸栄養剤”と定義し,その投与経験について報告を行っている(1).しかし,この調理行程において,栄養剤の安定性と安全性については報告はされていない.そのため今回我々は,市販の経腸栄養剤を用いてゲル化を行う固形化経腸栄養剤について,調理によるビタミン含有量の変化と,調理後の細菌学的変化を検討する事により,固形化経腸栄養剤の実施における安定性と安全性の評価を行ったため報告する. |
実験材料および調理法 |
ゲル化を行う経腸栄養剤に関してはラコールR(大塚製薬)を用いた.ゲル化のための粉末寒天としては,かんてんクックR(伊那食品工業)を使用した.固形化経腸栄養剤の調理法については,筆者らの報告した調理法(2)に準じ,30℃に加温した経腸栄養剤と煮沸した寒天溶液を混合した後にゲル化する方法を用いた(図1). |
図1 固形化経腸栄養剤の調理法
|
○ 冷水と粉末寒天を混合し撹拌
↓
○ 加熱して寒天を溶解
↓
○経腸栄養剤(人肌程度に加温)と混合
↓
○ 容器に注入し撹拌
↓
○ 冷所に保存し凝固する |
|
|
実験方法 |
1.経腸栄養剤加熱によるビタミン崩壊の程度
経腸栄養剤を60℃の恒温器および80℃の湯煎器で保存し加熱開始前,加熱6時間後,24時間後の3回にわたり,レチノール(Vit.A),サイアミン(Vit.B1),リボフラビン(Vit.B2),総アスコルビン酸(Vit.C)の4項目の測定を行った.測定に関しては高速液体クロマトグラフ法を用い,開始時の比重(20℃)を振動式密度計測法で測定して容量当たりの換算を行った.なお経腸栄養剤は酸化による影響を避けるため,未開封のまま加熱を行った.
2.固形化経腸栄養剤調理によるビタミン崩壊の程度
経腸栄養剤150ml,水50ml,粉末寒天1gの割合で固形化経腸栄養剤の調理を行い,検体を作成した.検体は調理前,調理直後,6時間後,24時間後,48時間後,72時間後において,レチノール,サイアミン,リボフラビン,総アスコルビン酸の4項目の測定を,高速液体クロマトグラフ法を用いて行った.検体は室温蛍光灯下および5℃冷蔵庫内の2条件用意し測定を行った.室温保存期間中の最高温度は26℃,最低温度は23℃であった.
3.固形化経腸栄養剤の保存期間と細菌学的検討
経腸栄養剤150ml,水50ml,粉末寒天1gの割合で固形化経腸栄養剤の調理を行い,検体を作成した.検体は調理前,調理直後,6時間後,24時間後,48時間後,72時間後において,一般細菌数を標準寒天平板培養法を用いて行った.検体は5℃冷蔵庫内および室温蛍光灯下の2条件用意し測定を行った.室温保存期間中の最高温度は26℃,最低温度は23℃であった.なお細菌数試験は同条件で2回測定を行った. |
|
結 果 |
1.経腸栄養剤加熱によるビタミン崩壊の程度(表1)
結果を表1に示す.60℃に加熱した検体においては,加熱開始前,加熱6時間後,加熱24時間後の何れの検体においてもビタミンの変化は認めなかった.80℃に加熱した検体においては,レチノール,リボフラビン,総アスコルビン酸については変化を認めなかったが,サイアミンについては加熱6時間後で加熱前の88.2%に,加熱24時間後で加熱前の60.1%に減少を認めた. |
表1 経腸栄養剤加熱によるビタミン崩壊の程度
|
保存条件 |
試験項目 |
単位 |
加熱前 |
6時間後 |
24時間後 |
|
60 ℃ |
レチノール |
μg/100ml |
98 |
98 |
100 |
サイアミン |
mg/100ml |
0.51 |
0.52 |
0.49 |
リボフラビン |
mg/100ml |
0.22 |
0.22 |
0.22 |
総アスコルビン酸 |
mg/100ml |
33 |
33 |
33 |
|
80 ℃ |
レチノール |
μg/100ml |
98 |
98 |
95 |
サイアミン |
mg/100ml |
0.51 |
0.45 |
0.31 |
リボフラビン |
mg/100ml |
0.22 |
0.22 |
0.20 |
総アスコルビン酸 |
mg/100ml |
33 |
31 |
30 |
|
|
|
2.固形化経腸栄養剤調理によるビタミン崩壊の程度(表2)
結果を表2に示す.固形化経腸栄養剤の調理に伴うビタミンの減少は,調理後72時間以内において認められなかった.この結果は室温保存群,冷蔵保存群とも同一の結果であった. |
表2 固形化経腸栄養剤調理によるビタミン崩壊の程度
|
保存条件 |
試験項目 |
単位 |
調理前 |
直後 |
6時間後 |
24時間後 |
48時間後 |
72時間後 |
|
室 温 |
レチノール |
μg/100g |
74 |
72 |
72 |
71 |
72 |
72 |
サイアミン |
mg/100g |
0.58 |
0.36 |
0.37 |
0.36 |
0.36 |
0.35 |
リボフラビン |
mg/100g |
0.17 |
0.15 |
0.15 |
0.15 |
0.15 |
0.14 |
総アスコルビン酸 |
mg/100g |
25 |
24 |
23 |
23 |
21 |
20 |
|
冷 蔵 |
レチノール |
μg/100g |
74 |
72 |
74 |
71 |
72 |
72 |
サイアミン |
mg/100g |
0.38 |
0.38 |
0.37 |
0.38 |
0.37 |
0.36 |
リボフラビン |
mg/100g |
0.17 |
0.15 |
0.15 |
0.15 |
0.15 |
0.15 |
総アスコルビン酸 |
mg/100g |
25 |
24 |
24 |
23 |
24 |
23 |
|
|
|
3.固形化経腸栄養剤の保存期間と細菌学的検討(表3)
結果を表3に示す.5℃冷蔵庫内にて保存した検体においては,2検体とも調理後72時間以内の細菌数の増加を認めなかった.室温保存群においては,2検体とも調理後6時間以内の細菌数の増加を認めず,48時間後において1検体は可食限界を超える細菌数となり,72時間後においては両検体とも可食限界を超える細菌数となった(図2). |
表3 固形化経腸栄養剤の保存期間と細菌学的検討
|
一般細菌数 |
1時間後 |
3時間後 |
6時間後 |
24時間後 |
48時間後 |
72時間後 |
|
1回目 |
室温 |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
1.4×103/g |
6.1×105/g |
1.2×107/g |
冷蔵 |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
|
2回目 |
室温 |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
4.5×105/g |
1.4×108/g |
1.8×108/g |
冷蔵 |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
|
|
図2 室温保存検体の細菌数変化
|
考 察 |
経管栄養投与法は嚥下障害を有する症例に対しての生理的栄養補給法として,広く普及した治療法である.近年の経管栄養投与法としては,1980年にPonskyおよびGaudererにより発表(3)されたPEGが,長期にわたり経腸栄養を必要とする症例に対し多くの利点を有することから(4),経鼻胃管栄養に代わり,現在急速に普及しつつある.経管栄養投与法における経腸栄養剤は,経管的投与を容易にする目的で液体の形態となっている.しかし液体は固形物に比較して噴門および幽門の通過が容易なため,胃食道逆流や下痢の発生原因となる.胃食道逆流は誤嚥による窒息や嚥下性肺炎の原因となり,しばしば致命的になりうる重大な問題である.現在これらの問題への対応として,緩徐な速度の注入と座位保持が行われている.しかし長時間の注入は介護負担を増し,一定時間の座位保持は褥瘡の原因因子となる.また液体経腸栄養剤は,PEG管理を行う症例において栄養管挿入部からの栄養剤漏れの原因ともなる(5).
筆者らは,経腸栄養剤を寒天でゲル化し重力に抗して形態か保たれる硬度としたものを“固形化経腸栄養剤”と定義付け,その投与により胃食道逆流の減少が得られた検討について報告を行っている(6).この固形化経腸栄養剤投与法は,栄養剤と水分を予めゲル化して投与する方法で,寒天によるゲル化を行うため粘度の増強がなくPEGチューブを介して容易に注入が可能である.他の報告として三浦ら
(7) は,固形化経腸栄養剤の投与により嚥下性肺炎と褥瘡の改善が得られた症例についての報告があり,藤田(8)らは,固形化経腸栄養剤の投与により下痢が改善するとともに介護負担の軽減も得られた症例を報告している.しかし現段階では全ての経管栄養剤は液体の性状であり,固形化経腸栄養投与法を実施するためには,調理という行程を経る必要がある.この固形化経腸栄養剤の調理には,加熱,撹拌,保存の行程があり,経腸栄養剤の組成変化と衛生面についての検証が必要となる.今回我々は,経腸栄養剤の組成におけるビタミン類の変化と細菌数の動態について着目し,固形化経腸栄養剤実施における安全性についての検証を行った.
寒天による固形化栄養剤の調理を行う課程で,経腸栄養剤を人肌程度(30℃程度)に加熱し,煮沸した寒天溶液(90℃程度)と混合する.仮にそれらを1対1で混合した場合,経腸栄養剤の温度は60℃程度になる.しかし経腸栄養剤は寒天溶液との撹拌の課程で,短時間ではあるが煮沸した寒天溶液と混合するため一時的に60℃以上の状態になる.そのため加熱状態においてビタミン崩壊の程度を検証する必要がある.今回の我々の検討においては,80℃の加熱下においてサイアミンの減少を認めた.しかしラコールRのサイアミン含有量は0.51mg/100mlで,24時間80℃加熱後においても0.31mg/100mlであり,生体の1日当たりのサイアミン必要量(男性0.8〜1.0mg,女性0.7〜0.9mg)は充足できる量に留まった.また寒天を用いた固形化栄養剤調理においては,経腸栄養剤が60℃以上になる時間は数分程度である.そのため固形化栄養剤調理に伴う加熱により,ビタミンが崩壊し生体に悪影響を及ぼす可能性は無いと結論付けてよい.
また固形化栄養剤はその調理の際,撹拌と光線曝露を受けた後に保存する事になる.そのため,この行程によるビタミン崩壊の程度を検証する必要もある.しかし今回の検討においては,調理前の状態から調理72時間後までの間に,測定したビタミンの含有量の変化を認めなかった.結果として固形化栄養剤の調理によりビタミンは崩壊しないものと考えられる.
通常の液体経腸栄養剤においては,開封直後に投与が開始される.しかし固形化経腸栄養剤に関しては,開封後に調理という過程を経て,凝固のために一定の保存期間が必要になる.寒天による固形化では室温においても凝固は可能である.冷蔵保存した場合は投与時に栄養剤を室温程度まで加温する必要があるが,室温で保存した場合は投与時も加温の必要がないため投与作業は容易になる.そのため各条件下において,衛生面における検証が必要であるといえる.今回の検討においては,室温保存の検体は保存24時間後から細菌の発生を認めた.しかしその細菌数は可食限界(9)とされる食品1g中の細菌数106〜107個の範囲内であった.よって調理後24時間以内に投与が可能な場合は,衛生的な保存容器を用いれば室温にて保存し投与することが可能といえる.
今回の検討により,固形化経腸栄養剤を利用した経管栄養投与法は,その調理課程においてビタミンに対しての実質的な悪影響はなく,24時間以内の投与においては衛生学的な問題もないものと結論付ける. |
参考文献 |
|
|
|