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栄養剤固形化の方法と その効果 |
蟹江治郎*
* ふきあげ内科胃腸科クリニック |
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経腸栄養実践テクニック 第一版 照林社 2007;
144-149. |
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1.はじめに |
現在,経管栄養投与法で用いられる栄養剤の多くは液体であり,経管栄養症例は液体のみによる栄養摂取が行われている.これは,かつて主流であった経管栄養投与法で使用される経鼻胃管が,液体のみの注入が可能であったためであり,液体のみの投与が生体にとって医学的に有益という理由ではない.近年,長期経管栄養を必要とする症例において,その管理が容易である経皮内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous
Endoscopic Gastrostomy、以下PEG)を用いた経管栄養管理が普及し,経鼻胃管から置き換わりつつある.このPEGで用いられるカテーテルは,経鼻胃管のものと比較して太経で短いため,ある程度の固形物が注入可能となった.
本稿では胃瘻から投与が可能である固形化栄養について,その目的,効果,方法について論述する. |
2.固形化栄養とは |
a)PEG長期管理でみられる合併症
PEGを行った症例においては,さまざまな合併症が経験される.筆者はPEGを行い瘻孔が完成した後の合併症を後期合併症とし報告を行った(1-2).この後期合併症はPEG長期管理でみられる合併症であり,介護施設や在宅の現場で遭遇するものである.その頻度としては全体で約10%と希なものではなく,中でも瘻孔からの栄養剤漏れである栄養剤リークや,嘔吐回数の増加は頻度の高い合併症であった. |
表1 術後後期合併症の頻度(n=651)
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栄養剤リーク |
20例 |
嘔吐回数増加 |
14例 |
再挿入不能 |
14例 |
胃潰瘍 |
8例 |
チューブ誤挿入 |
5例 |
バンパー埋没症候群 |
2例 |
幽門通過障害 |
2例 |
胃-結腸瘻 |
1例 |
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計 66例(10.1%) |
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b)栄養を液体のみで摂取することによる問題(図1)
胃の役割の一つに,食物を一定期間,胃内に留め内容物を撹拌する生理作用がある.この役割を果たすために胃内容物は,噴門により胃食道逆流を防ぎ,幽門により内容物の通過を調節している.つまり胃は,その入口と出口に噴門と幽門といった生理的狭窄部位があり内容物が保持される.しかし液体は,生体が食物を咀嚼嚥下した胃内容物に比較して流動性が高く,これらの生理的狭窄部位を容易に通過することになる.その結果,液体のみを投与する経管栄養投与法は,胃食道逆流や下痢の原因の一つとなるものと考える.また胃瘻症例においては,瘻孔部分の通過性が亢進すれば栄養剤リークの原因ともなる(3). |
図1 液体栄養の問題点
蟹江治郎:胃瘻(PEG)ハンドブック,第1版,医学書院,東京,2002,P117より転載 |
c)固形化栄養の定義と効果
固形化栄養とは液体栄養の問題点を克服すべく考案された経管栄養剤であり,栄養剤をゲル化(=流動性を失わせ一定の形態を保持する状態にする事)し“重力に抗してその形態を保つ硬さ”としたもので調理後はプリン状の形態となる.筆者は寒天を用いて栄養剤をゲル化した固形化栄養を報告しているが,この場合,胃内へ注入後は,生体が咀嚼嚥下した胃内容物に似た物性となり,液体のみを注入する経管栄養投与法に比較して,より生理的であることからPEG長期管理で診られるさまざまな問題点を改善し得る経管栄養投与法と考えている.
固形化栄養剤の効果は,固形化に伴い胃内容物の流動性が減少することにある.噴門通過性が低下すれば,胃食道逆流の減少により嚥下性肺炎や嘔吐に対し効果的である(4-5).幽門通過性が低下すれば栄養剤の胃内停滞時間は適正化し,下痢や食後高血糖の改善が得られる.胃瘻症例においては瘻孔通過性が低下する事により,栄養剤リークの改善が期待できる.
液体栄養剤の場合,嘔吐を防止する目的で注入中はギャジアップを行って坐位を保持し,嘔吐下痢の防止のために緩徐な速度での滴下注入となる.一方,栄養剤の固形化により嘔吐や下痢の減少が可能ならば,数分間程度で一括注入が行え介護者の負担も軽減する.また座位保持が不要になれば体位交換の継続が可能になり,褥瘡の予防や改善に効果が期待できる(6-8).(図2) |
図2 固形化栄養の特徴
蟹江治郎:胃瘻(PEG)ハンドブック,第1版,医学書院,東京,2002,P117より改変し転載 |
3.固形化栄養調理の方法 |
a)固形化料理に用いられる寒天とは
筆者は固形化栄養の調理を行うにあたり,表2に示す選定基準を設けゲル化剤の選択を行った結果,寒天が最良の選択と考え報告している.日常調理において固形化栄養の定義であるプリン状の形態が得られるものとしてゼラチンがあげられるが,ゼラチンは体温で溶解してしまうため,注入後は液体となり,固形化栄養としてのゲル化剤としては不適切である.一方,寒天は室温で固形化し体温で溶解しないため,ゲル化剤として適切なものと考える.
寒天のもう一つの特徴として,粘度を増さずにゲル化を得られる物性があげられる.注入する栄養剤の粘度を増すことは,PEGチューブへの付着性を増すことにより注入抵抗が増加し,注入に要する労力が増すことになる.また粘度増強は,仮に胃食道逆流が発生し誤嚥した場合には,その高い付着性により気道を閉塞せしめることも危惧される.一方,寒天は付着性に乏しいため,胃瘻からの注入が容易で安全なゲル化剤と考えられる(9).
最近は既存の栄養剤をプリン状に固形化するゲル化剤も市販されるようになっている.この様な製品の場合,寒天と異なり調理の必要はなく簡便に固形化が得られるが,コスト的には寒天調理に比較してはるかに高価となり,多くの症例に推奨するには問題が残る.そのため筆者は,寒天による固形化調理が可能な環境ならば寒天が推奨され,固形化調理が実施困難な場合は市販のゲル化剤を推奨している.(表3) |
表2 ゲル化剤として必要な条件
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安全な食品であること |
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● |
入手が容易であること |
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● |
低カロリーであること |
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● |
粘度を増さないこと |
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● |
安価であること |
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● |
調理が容易であること |
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● |
硬度調節が容易であること |
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● |
体温で溶解しないこと |
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蟹江治郎 著:胃瘻PEG合併症の看護と固形化栄養の実践,第1版,日総研出版,名古屋,2004,P122より改変し転載 |
表3 栄養剤固形化におけるゲル化剤の比較
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粉末寒天 |
ゼラチン |
トロミ剤 |
市販ゲル化剤 |
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重力に抗し形態を保持 |
○ |
○ |
× |
△〜○ |
コスト |
○ |
○ |
× |
×× |
入手が容易 |
○ |
○ |
○ |
○ |
調理が容易 |
○ |
○ |
調理不要 |
調理不要 |
硬度調節が容易 |
○ |
○ |
× |
△ |
粘度を増さない |
○ |
× |
× |
×〜△ |
体温で溶解しない |
○ |
× |
○ |
○ |
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b)固形化栄養調理の実際
経口摂取が不可能な症例に対する栄養補給法において,対象となる症例が必要とする水分量とカロリーを計算し,症例に適合した投与計画をたてる必要がある.経管栄養投与法における栄養剤の多くは1mlあたり1Kcal以上の濃度となっているが,1mlあたり1Kcalの栄養剤において必要水分量およびカロリーの計算を行った場合,その多くは栄養剤の量に相当する水分量を補水する必要がある.固形化栄養の調理を行うにあたっては,この補水に寒天を溶解し栄養剤と混合することによりゲル化を行う.これにより固形化栄養投与法においては,全ての栄養剤と水分を固形化して注入を行う.固形化栄養における適切な固さとしてはプリン程度が適当であり,そのゲル化に必要な寒天は注入する全水分量の0.5%程度(注入量が500mlの場合は粉末寒天2.5g)が目安である.
固形化栄養の調理にあたっては,使用する栄養剤を人肌程度に保温したのち,ボールなどの容器に入れ寒天溶解液との混合が行えるよう準備をしておく.次に寒天溶解液の調理を行うが,これにはまず補水として利用する水に寒天を入れて撹拌して馴染ませ,その後加熱し2分間の煮沸ののち溶解を行う.そして寒天溶解液と栄養剤を混合し,注入容器に充填し室温にて静置すれば調理は完了となる.(図3)
c)固形化栄養調理時の注意
栄養剤の固形化にあたっては,調理する栄養剤の乳脂肪分の量により調理後の硬さが変化するため,実施にあたっては必ず予め調理を行い,使用する栄養剤に適合した寒天の量を確認したい.調理においては,栄養剤が冷却していると寒天溶解液との混合時に不均一にゲル化するため,栄養剤は予め人肌程度に加温するとよい.また寒天はゼラチンと異なり,熱湯に直接入れるとダマになり溶解が困難になるため,必ず水の段階で混合したのち加熱溶解する必要がある.溶解にあたっては煮沸を2分間続けることにより溶解が得られるため,時間を確認しながら調理を行うとよい. |
図3 固形化栄養調理の実際
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1.栄養剤を加温 |
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2.ボールなどに
栄養剤を注ぐ |
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3.水に寒天を入れ撹拌 |
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4.加熱して寒天を溶解 |
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5.寒天溶液と栄養剤を混合 |
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6.シリンジに
経腸栄養剤を吸引 |
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7.口の部分をラップで封印 |
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8.静置して凝固 |
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蟹江治郎:胃瘻PEG合併症の看護と固形化栄養の実践,第1版,日総研出版,名古屋,2004,P122より改変し転載 |
4.固形化栄養注入の方法 |
a)固形化栄養注入の実際
注入にあたっては,まず固形化栄養の入った容器を準備し胃瘻カテーテルに接続する.注入時には接続部を手で把持しつつ注入し,注入の圧力で接続が外れないように注意する.1回の注入量は500ml程度が目安であり,これを数分かけて注入し注入後は少量の空気でフラッシュを行う.本法においては水分は必要はないため注入しないが,薬剤に関しては調理による加熱で成分の変化する可能性が否定できないため,調理は行わず水に溶解して注入を行う.(図4)
b)固形化栄養注入時の注意
注入する際は栄養剤が冷蔵保存してある場合,そのままの温度で注入を行うと下痢などの原因となる可能性があるため,あらかじめ人肌程度に加温してから注入を行う.注入にあたっては症例の状態を観察しながら慎重に行い,注入中に嘔気が生じるようならば,一旦注入を中断し時間をあけて注入し直すようにする.仮に1回の注入量が嘔気のため実施できない事が続く場合は,1回の注入量を減らし注入回数を増やすことにより,一日の必要量を確保するようにする. |
図4 固形化栄養剤投与の実際
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5.おわりに |
固形化栄養投与法の報告以来,主として固形物を中心に摂取する生体において,経管栄養症例に対しては全ての栄養分を液体で投与するという常識は見直されつつある.固形化栄養投与法はPEG後期合併症に対しての有効な対処法の一つであり,PEG管理に従事する医療従事者は本法についての理論や実施法について,十分な知識を持つ必要があるといえるだろう.
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文 献 |
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