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連載:高齢者の栄養管理とPEG |
第五回 PEG施行症例における固形化経腸栄養剤の実践 U
― 寒天の知識,調理と注入の基本,調理の際の安定性と安全性 ― |
ふきあげ内科胃腸科クリニック 蟹江治郎 |
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臨床老年看護2004; 11(5): 36-43 |
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T.はじめに |
前稿では経腸栄養剤を固形化する意義,なぜ寒天を用いた固形化を行うかについて記述した.本来固形物を主たる栄養源として摂取する人間は,経管栄養投与法においては逆に液体のみの摂取となる.液体のみの経腸栄養投与法は,胃食道逆流,栄養剤リーク,下痢などの様々な問題点を生ずる(1)(2).寒天による経腸栄養剤の固形化は,それらの問題点を改善し投与も容易となることから,液体経腸栄養剤と異なる独自の存在意義を持っている(3-6).本稿においては,固形化経腸栄養剤の調理に欠かせない寒天の知識と,固形化栄養剤の調理と投与の基本,そして固形化栄養剤調理による栄養剤の安定性と安全性について述べたい. |
U.寒天の知識 |
1.寒天とは何か
寒天とは紅藻類に属する海草から抽出される自然食品で,紅藻類に含まれる粘性物質を熱水により抽出したものである.溶解することにより水と水とを結合させ,液体のゲル化(=流動性を失わせること)を行う作用があり,我が国では和菓子などの原料として知られている食品である.また寒天はWHO食品規格部会においても「1日摂取容量に制限なし」と,安全な食品として認知されている.
2.寒天の融点と凝固点(表1)
寒天の作用は水分のゲル化にあるが,その凝固温度と溶解温度は異なっている.寒天を溶解した寒天溶液は33〜45℃で凝固するといわれ,ゼラチンと異なり冷蔵することなく固形化を得ることが可能である.また一旦凝固した寒天は85〜93℃まで溶解することはなく,体温で溶解するゼラチンと異なり胃内に注入しても溶解することはない.
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表1 寒天の融点と凝固点
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○ 寒天溶液の凝固温度:33℃〜45℃
→室温で固形化できる |
○ 固形寒天の溶解温度:85℃〜93℃
→体温で溶解しない |
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3.寒天の種類
粉末寒天は一般的には摂氏100℃の熱湯で2分間煮沸する事により溶解が得られる.しかし,その溶解温度は寒天の種類で異なっており,一部の製品は80℃の熱湯で容易に溶解するものもある.通常の温度である100℃の熱湯で溶解する“通常の粉末寒天”に対して,より低温の80℃で溶解が可能な寒天は“即溶性粉末寒天”といわれ,ポットの湯などを利用して簡便に調理が可能である.しかし製品の単価は通常の粉末寒天の方が安価であり.両者の選択に関しては,実際に調理を行う立場の者の方針で選択される.ここでは伊那食品工業の製品(問い合わせ先・・・電話:0120-321-621,HP:http://www.kantenpp.co.jp)を例に,その違いを表2に示す. |
表2 通常の粉末寒天と即溶性粉末寒天
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粉末寒天 |
即溶性粉末寒天 |
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溶解方法 |
摂氏100度の熱湯で2分間煮沸 |
摂氏80度以上の湯で撹拌 |
価 格 |
12.5円/g |
19円/g |
商品名 |
かんてんクック |
手づくり ぱぱ寒天 |
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V.寒天の硬さを左右する因子(表3) |
固形化経腸栄養を実施するにあたっては,実際に注入する経腸栄養剤を予め固形化し,その硬さを確認する必要がある.一方,寒天の硬さは様々な要因で決定され調理を行う際に注意が必要になる.ここでは寒天の硬さを左右する因子について,その具体的な内容について説明する.
1.寒天の濃度
寒天は内容物の寒天濃度が高ければ高いほど固くなり,逆に濃度が薄いほど軟らかくなる.
2.寒天の種類
寒天には様々な製品があり,個々の製品によって同じ濃度でも硬さが異なっている.伊那食品工業の商品で具体例を挙げると,かんてんクックRは通常の寒天硬度を持つのに対し,介護食用ソフト寒天Rは同濃度でもトロミ剤程度の硬さとなる.
3.寒天の温度
一旦固形化した寒天は,温度が高いと軟らかくなり冷却で固くなる性質を持つ.固形化栄養剤の調理にあたっては衛生面への配慮から凝固保存時に冷蔵保存し,注入時に室温に戻し注入を行うことがある.そのため冷蔵時の硬さを目標とする硬さとすると,注入時は目標とする硬さに達しないという事になる.よって固形化栄養剤投与の実施にあたっては,目標とする硬さを注入時の温度に設定して寒天濃度を決めるのがよいといえる.
4.脂肪分の量
寒天は、「水と水を結びつける」ことによってゲル化を得る.そのため寒天は乳脂肪分(油分=疎水性)の多い物や固形量が多い(=水分量が少ない)ものの場合はゲル化が得られにくくなる.そのため経腸栄養剤の種類によっては固まりにくいものもあり,高濃度の経腸栄養剤についても同様の事例がある.この様な場合は,より多くの寒天が必要になるため注意が必要である.
5.凝固時の容器
寒天は凝固時の容器が開放されているか,密封されているかにより硬さが異なってくる.これはプリンカップなど解放された容器においては水分が揮発する分だけ寒天濃度が高くなり,プラスチックシリンジやドレッシングポットなど密封された容器に比較して,固形化した栄養剤が硬くなる傾向がある.調理のための寒天濃度を決めるときは,実際に注入する容器で調理を行い寒天濃度を決める必要がある. |
表3 寒天の硬さを決定する因子
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● 寒天の濃度
● 寒天の種類
● 寒天の温度
● 脂肪分の量
● 凝固時の容器 |
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W.寒天の量と固形化経腸栄養剤の硬さ |
一般的に100mlの水を固めるために必要な寒天は1g程度といわれるが,水を固形化する場合と,経腸栄養剤を固形化する場合では含有する乳脂肪分の量などの条件が異なるため,必ずしもその量は参考にはならない.ここでは経腸栄養剤の固形化を行うために具体的な硬さを示す目的で,大塚製薬のラコールRを利用した調理の実際を示す.しかしこの治験においてはプリンカップを利用して固形化を行っており,密閉した容器で凝固した場合と硬さは一致しないため,寒天の分量はあくまで参考指標としていただきたい. |
写真1 寒天の量と固形化経腸栄養剤の硬さ
● 経腸栄養剤希釈液200ml+粉末寒天2g
水分100mlあたり寒天1gの調理例.硬さとしてはトコロテンを少し固くした程度になり,固形化の効果は充分得られるが注入時に相当の力を必要とする. |
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ラコール100ml+水100ml+寒天2g |
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ラコール150ml+水50ml+寒天2g |
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● 経腸栄養剤希釈液200ml+粉末寒天1g
水分100mlあたり寒天0.5gの調理例.硬さとしてはプリン程度であり,注入も容易な程度といえ,適切な硬さといえる. |
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ラコール100ml+水100ml+寒天1g |
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ラコールR150ml+水50ml+寒天1g |
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● 経腸栄養剤希釈液200ml+粉末寒天0.5g
水分100mlあたり寒天0.25gの調理例.カップから出した時点で重力に抗してその形状を保てず,筆者の提唱する固形化経腸栄養剤の定義を満たせない状態にある.硬さとしては前記例に比較して軟らかいため注入は容易ではあるが,固形化によって得られる恩恵は充分ではないと思われる. |
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ラコール100ml+水100ml+寒天0.5g |
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ラコール150ml+水50ml+寒天0.5g |
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X.固形化栄養剤の調理と投与(表4) |
固形化栄養剤の調理は,寒天を溶解した寒天溶液と経腸栄養剤の混合を行い,室温で静置すればよい.通常経管栄養管理を行う症例は,必要となる栄養分のみの経腸栄養剤だけでは水分が不足するので,一定の水分を補給する必要がある.固形化経腸栄養剤では,この水分を寒天溶液として利用し固形化を行う.原則的に液体の注入は行わない.寒天溶液は水を加温する前の段階で寒天と混合し,そのあと加熱し2分間の煮沸により溶解が得られる.その後寒天溶液は経腸栄養剤と混合するが,その際経腸栄養剤が冷えていると固形化が不均一になる可能性があり,あらかじめ人肌程度に加温しておく必要がある.寒天溶液と栄養剤を混合した後は,注入のための容器に入れ静置すれば固形化が得られる.固形化された経腸栄養剤は症例の状態を観察しつつ,数分間かけて注入を行う.なお固形化経腸栄養投与法では,注入時の座位保持は必要としない(写真2). |
表4 固形化栄養剤の調理と投与
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1.経腸栄養剤希釈用水に粉末寒天をあわせて撹拌
(冷水の状態で混合する)
↓
2.寒天混合液を加熱し溶解
↓
3.経腸栄養剤を加え撹拌
↓
4.投与容器に吸引または注入
↓
5.冷所で保存,凝固
↓
6.投与前に室温に戻す
↓
7.投与容器から一気に注入 |
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写真2 固形化栄養剤の注入
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Y.固形化栄養剤調理によるビタミンの変化と細菌学的検討(7) |
1.加熱によるビタミン崩壊の有無
固形化調理を行う際,経腸栄養剤と煮沸した寒天溶液を混合することから,経腸栄養剤加熱に伴うビタミン崩壊の可能性が懸念される.筆者は経腸栄養剤ラコールを利用して,加熱によるビタミンの変化を検討した.検討項目はレチノール(Vit.A),サイアミン(Vit.B1),リボフラビン(Vit.B2),総アスコルビン酸(Vit.C)の4項目で,24時間にわたり60℃と80℃に加熱を続け,その変化を測定した.その結果,60℃に加熱したラコールではビタミンの変化は認めず,80℃に加熱したラコールではサイアミンのみ軽度の低下を示したが,生体の1日当たりの必要量は充足可能な量に留まった(表5).以上より加熱に伴うビタミン組成の変化は,問題のないレベルと考えられる.
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表5 経腸栄養剤加熱によるビタミン含有量の変化
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保存条件 |
試験項目 |
単位 |
加熱前 |
6時間後 |
24時間後 |
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60 ℃ |
レチノール |
μg/100ml |
98 |
98 |
100 |
サイアミン |
mg/100ml |
0.51 |
0.52 |
0.49 |
リボフラビン |
mg/100ml |
0.22 |
0.22 |
0.22 |
総アスコルビン酸 |
mg/100ml |
33 |
33 |
33 |
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80 ℃ |
レチノール |
?g/100ml |
98 |
98 |
95 |
サイアミン |
mg/100ml |
0.51 |
0.45 |
0.31 |
リボフラビン |
mg/100ml |
0.22 |
0.22 |
0.20 |
総アスコルビン酸 |
mg/100ml |
33 |
31 |
30 |
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2.調理によるビタミン崩壊の有無
固形化栄養剤の調理にあたっては,経腸栄養剤が空気と光に暴露することになる.そのためその影響よりビタミン崩壊の可能性が懸念される.筆者は経腸栄養剤ラコールを利用して,調理によるビタミンの変化も測定した.その結果,室温下および冷蔵下の何れの保存においてもビタミンの変化は認めなかった(表6).以上より調理に伴うビタミン組成の変化は無いものと考えられる. |
表6 調理によるビタミン崩壊の有無
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保存条件 |
試験項目 |
単位 |
調理前 |
直後 |
6時間後 |
24時間後 |
48時間後 |
72時間後 |
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室 温 |
レチノール |
μg/100g |
74 |
72 |
72 |
71 |
72 |
72 |
サイアミン |
mg/100g |
0.58 |
0.36 |
0.37 |
0.36 |
0.36 |
0.35 |
リボフラビン |
mg/100g |
0.17 |
0.15 |
0.15 |
0.15 |
0.15 |
0.14 |
総アスコルビン酸 |
mg/100g |
25 |
24 |
23 |
23 |
21 |
20 |
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冷 蔵 |
レチノール |
μg/100g |
74 |
72 |
74 |
71 |
72 |
72 |
サイアミン |
mg/100g |
0.38 |
0.38 |
0.37 |
0.38 |
0.37 |
0.36 |
リボフラビン |
mg/100g |
0.17 |
0.15 |
0.15 |
0.15 |
0.15 |
0.15 |
総アスコルビン酸 |
mg/100g |
25 |
24 |
24 |
23 |
24 |
23 |
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3.調理に伴う衛生学的検討
固形化経腸栄養剤は無菌状態の経腸栄養剤を開封し,調理の後に凝固するという経過があり,開封から一定時間の後に注入を行う事になる.そのため衛生状態についても確認が必要である.筆者は調理を行った経腸栄養剤を経時的に観察し一般細菌数の推移を検討した.なお検体は室温(25℃)で保存したものと冷蔵保存したものを用意し,各々2回ずつ検討を行った.一般に食用が可能な細菌数である可食限界は,食品1g中の細菌数が106〜107個程度とされているが,室温で保存した固形化経腸栄養剤は24時間以内は可食限界を超えることはなかった.一方,冷蔵保存した検体は検討を行った72時間以内で細菌の発生は認めなかった(表7).以上より室温保存の場合は調理24時間以内は安全な注入が可能で,冷蔵保存のものは72時間以内なら問題がないといえる. |
表7 固形化剤調理後の衛生状態の変化につて
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一般細菌数 |
1時間後 |
3時間後 |
6時間後 |
24時間後 |
48時間後 |
72時間後 |
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1回目 |
室温 |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
1.4×103/g |
6.1×105/g |
1.2×107/g |
冷蔵 |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
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2回目 |
室温 |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
4.5×105/g |
1.4×108/g |
1.8×108/g |
冷蔵 |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
300以下/g |
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Z.おわりに |
全ての経管栄養剤が液体である現状においては,固形化経腸栄養剤の実施を行うためには,調理という工程を避けることはできない.そのため本稿では固形化を行うために必要な寒天の知識を記述した.寒天には独自の特性があり,固形化栄養剤導入の際は必須の知識であると考える.また固形化栄養剤の報告がなされた後,ビタミン組成の変化と衛生上の問題点について多くの疑念が寄せられたが,筆者の治験においては問題のないことが証明された.次号は固形化栄養を実施するための調理法と注入法について詳細に説明をしたい. |
引用文献 |
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