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在宅PEG患者の合併症と固形化栄養の知識 |
ふきあげ内科胃腸科クリニック 蟹江治郎 |
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訪問看護と介護,医学書院,2006; 11(11): 1016-1021. |
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1. はじめに |
近年,高齢人口の増加に伴い脳血管障害や認知症により,長期にわたる経管栄養を必要とする症例が増加しつつある.従来この様な症例に対し経鼻胃管が広く行われてきたが,近年では経鼻胃管より長期管理が容易である経皮内視鏡的胃瘻造設術(Percutaneous
Endoscopic Gastrostomy、以下PEG)を用いた経管栄養管理が普及し置き換わりつつある.その変革は在宅においても同様であり,在宅におけるPEG管理に対しての要望は高まりつつあるといえる.
本稿においてはPEG合併症についての考え方と,在宅で多く経験される胃食道逆流,下痢,栄養剤リークへの対処として行われている固形化栄養について述べたい. |
2.PEGにおける合併症とは |
a)合併症の分類
PEGにおける合併症は術後早期から晩期にかけ多岐にわたる.そのため,これらの合併症を整理する目的で小川は胃瘻チューブ挿入後,瘻孔が完成するまでの期間に発生する合併症と,瘻孔が完成した後の期間に発生する合併症の内容が異なる点に着目し,それらを分類して考察を行っている(1).
それを受けて著者は,術後3週間以内の瘻孔完成前の合併症を“前期合併症”,術後4週間以後の瘻孔完成後に発生する合併症“後期合併症”とし,更に前期合併症については感染性のものと非感染性のものとして分類したうえで,PEG術後に発生する合併症について報告を行った
(2).(表1) これらの合併症について,前期合併症は胃瘻造設を行う医療機関で遭遇する合併症であり,後期合併症は在宅や介護療養施設において経験する合併症と考えられる. |
表1 PEG術後合併症の種類
前期合併症 (瘻孔完成前合併症) |
後期合併症
(瘻孔完成後合併症) |
感染に関連 |
感染に関連しない |
1)創部感染症
2)嚥下性呼吸器感染症(肺炎等)
3)汎発性腹膜炎
4)限局性腹膜炎
5)壊死性筋膜炎
6)敗血症 |
1)創部出血
2)再挿入不能
3)事故抜去
4)バルーン破裂
5)皮下気腫
6)チューブ閉塞
7)胃潰瘍 |
1)嘔吐回数増加
2)再挿入不能
3)チューブ誤挿入
4)事故抜去
5)胃潰瘍
6)栄養剤リーク(栄養剤漏れ)
7)バンパー埋没症候群
8)チューブ閉塞
9)挿入部不良肉芽形成
10)カンジダ性皮膚炎
11)体外固定板接触による皮膚障害
12)胃内固定板による胃腸通過障害
13)胃-結腸瘻 |
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b)合併症の頻度
PEGにおける合併症の頻度について,著者の報告内容を表2,3に示す.この結果において前期合併症の頻度は3割程度であり,決して希なものではなかった.在宅看護を受ける症例においては,慢性的な食思不振により,経管栄養の導入の可否を判断しなければならない場面にしばしば遭遇する.その際,PEGには数多くの利点があることと同時に,PEGの前期合併症についても,その頻度を含め本人家族に十分説明を行ったうえで導入の可否についての結論を得る必要がある.
在宅で経験される後期合併症においては,その発生頻度は約1割程度であり,術後晩期においてもさまざまな問題が生じ得ることがわかる.なかでも瘻孔からの栄養剤漏れである栄養剤リークと,胃食道逆流の症状である嘔吐は,高頻度に発生する合併症であった.そのため在宅医療に従事する者は,それらの問題点に対して,十分な看護診断と対応法についての知識を持って症例に接する必要がある.この栄養剤リークと胃食道逆流への対応策として,次項で紹介する固形化栄養法が有用である. |
表2 術後前期合併症の頻度(n=651)
感染性合併症 |
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非感染性合併症 |
創部感染 |
72例 |
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事故抜去 |
7例 |
嚥下性呼吸器感染症 |
39例 |
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チューブ閉塞 |
7例 |
短期発熱 |
31例 |
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嘔 吐 |
6例 |
汎発性腹膜炎 |
4例 |
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胃壁損傷 |
5例 |
限局性腹膜炎 |
4例 |
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バルーンバースト |
5例 |
敗血症 |
3例 |
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再挿入不能 |
5例 |
壊死性筋膜炎 |
1例 |
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創部出血 |
3例 |
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皮下気腫 |
2例 |
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肝誤穿刺,腹壁損傷,
噴門部裂傷,胃潰瘍 |
各1例 |
計 154例(23.7%) |
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計 41例(6.3%) |
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表3 術後後期合併症の頻度(計651名)
栄養剤リーク |
20例 |
嘔吐回数増加 |
14例 |
再挿入不能 |
14例 |
胃潰瘍 |
8例 |
チューブ誤挿入 |
5例 |
バンパー埋没症候群 |
2例 |
幽門通過障害 |
2例 |
胃-結腸瘻 |
1例 |
計 66例(10.1%) |
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3.固形化栄養とは何か |
経管栄養投与法において注入される栄養剤は,多くの製品が液体となっている.これは液体が生体にとって有益であるという理由ではなく,かつて主流であった経鼻胃管による栄養注入を行うためには,栄養剤が液体である必要があったためである.食物をおもに固形物として摂取する生体に対し,全ての栄養を液体で摂取する経管栄養投与法は,胃内容物が流動性の高い液体のみであるが故に,さまざまな合併症の原因の一つとなりえる(4).高い流動性を持つことは,狭窄部位を容易に通過することから,後期合併症において高頻度にみられる栄養剤リーク,胃食道逆流,下痢の原因の一翼を担っているものと考えられる.(図1)
固形化栄養とは栄養剤をゲル化(=流動性を失わせ固化)して“重力に抗してその形態が保たれる固さ”としたものである.この固さとすることにより注入後は,胃内において食物を経口的に咀嚼嚥下した状態に近い物性となり流動性が失われる.その結果,液体栄養で発生するさまざまな問題点を克服する一手段となりうるものと考える. |
図1 液体栄養の問題点
蟹江治郎:胃瘻(PEG)ハンドブック,第1版,医学書院,東京,2002,P117より転載 |
4. 固形化栄養の特徴(図2) |
固形化栄養の特徴は,栄養剤のゲル化に伴う流動性の適正化に伴い,胃に交通する狭窄部位である噴門,幽門,そして瘻孔部の通過性を低下させることである.噴門の通過性が低下すれば,胃食道逆流が減少し,嚥下性肺炎や嘔吐の減少につながるものと考えられる.幽門の通過性が低下すれば,栄養剤の胃内停滞時間が延長することにより,下痢や食後高血糖の改善が見込まれる.瘻孔通過性が低下すれば,瘻孔自然拡張に伴う栄養剤リークの症例において,症状の改善が期待できる.
液体経腸栄養剤においては,嘔吐を防止する目的で30度ないしは90度のギャジアップを行い,嘔吐下痢の防止のために緩徐な速度で滴下注入を行う.一方,栄養剤のゲル化により嘔吐や下痢の防止が可能ならば,栄養剤は数分間かけ一括注入することが可能となる.これにより介護者の負担が軽減し,座位保持も不要になるため体位交換の継続が可能になり,褥瘡の予防ないし改善に効果が期待できる. |
図2 固形化栄養の特徴
蟹江治郎:胃瘻(PEG)ハンドブック,第1版,医学書院,東京,2002,P117より改変し転載 |
5.固形化栄養で使用される寒天とは |
筆者は固形化栄養の調理を行うにあたり,粉末寒天を使用してゲル化を行っている.寒天はトロミ剤などの粘度増強剤と異なり,粘度を増すことなくゲル化が得られる特徴がある.粘度増強を伴うゲル化は,栄養剤の付着性を高めることにより,注入時にカテーテル内に付着し注入を困難にさせる.また粘度増強によるゲル化は,かりに嘔吐し誤嚥した場合には,その高い付着性により気道を閉塞せしめることも危惧される.一方,寒天は付着性に乏しいため,胃瘻からの注入が容易で,安全なゲル化剤と考えられる.
他のゲル化剤としては食品として使用されるゼラチンがあるが,ゼラチンの場合体温で溶解するため,固形化栄養のゲル化剤としては適切ではない.またペクチンなどを利用した調理の必要のない市販のゲル化剤も数種類発売されている.これらの製品は寒天と異なり,調理という過程を必要としない利点はあるものの,寒天に比較してコストはかなり上がってしまう.そのため筆者は,寒天固形化の調理を許す環境ならば寒天が推奨され,固形化調理の実施が困難な場合は市販のゲル化剤を推奨している.(表4) |
表4 栄養剤固形化におけるゲル化剤の比較
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粉末寒天 |
ゼラチン |
トロミ剤 |
市販ゲル化剤 |
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重力に抗し形態を保持 |
○ |
○ |
× |
△〜○ |
コスト |
○ |
○ |
× |
×× |
入手が容易 |
○ |
○ |
○ |
○ |
調理が容易 |
○ |
○ |
調理不要 |
調理不要 |
硬度調節が容易 |
○ |
○ |
× |
△ |
粘度を増さない |
○ |
× |
× |
×〜△ |
体温で溶解しない |
○ |
× |
○ |
○ |
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6.固形化栄養の調理法 |
経管栄養を実施するにあたり,対象症例の必要とするカロリーと水分量を計算する必要がある.1mlあたり1Kcalの栄養剤の場合,投与量を計算すると多くの場合,栄養剤とほぼ同量の水分を補う必要がある.固形化栄養の調理を行うにあたっては,この補水を寒天溶液とし栄養剤と混合した後ゲル化を行うことにより,全ての栄養剤と水分を固形物として注入を行うことができる.固形化栄養においては固さが強ければ注入が困難になり,固さが軟らかければ固形化による効果も少なくなる.固形化栄養における適切な固さとしてはプリン程度が適当であり,そのゲル化に必要な寒天は注入する全水分量の0.5%程度(注入量が500mlの場合は粉末寒天2.5g)がその目安となる.しかし,栄養剤の乳脂肪分の量により,寒天の必要量は変化するので,実施にあたっては必ず予め調理を行い適切な量を確認したい(5).
固形化栄養の調理の実際を図3に示す.調理にあたっては,まず栄養剤をボールなどに注ぎ寒天溶液との混合の準備をしておく.次に寒天溶を水に入れたのち撹拌し十分馴染ませた後に加熱を開始して,2分間の煮沸状態を保つことにより十分溶解を行う.熱湯の中に直接寒天を入れたり,煮沸溶解の時間が短いと十分なゲル化が得られないときがあるので注意を要する.そして寒天溶液と栄養剤を混合し,注入容器へ充填し入り口をラップで閉鎖し完了となる.寒天の場合室温で静置するだけでゲル化は得られるが,作り置きする場合は衛生面の問題を考慮し冷蔵保存が望ましい. |
図3 固形化経腸栄養 調理の実際
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1.栄養剤をボールなどに注ぐ |
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2.水を熱する前に寒天を入れ撹拌 |
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3.2分間の煮沸で寒天を溶解 |
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4.寒天溶解液と栄養剤を混合 |
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5.シリンジに経腸栄養剤を吸引 |
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6.口の部分をラップで封印 |
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7.固形化栄養の投与法 |
注入にあたっては栄養剤が冷蔵保存してある場合,あらかじめ人肌程度に加温してから注入を行う.注入にあたっては注入器を胃瘻カテーテルに接続し,接続部を手で把持しつつ慎重に注入を行う.(図4) 1回の注入量は500ml程度が目安であり,これを症例の状態をみながら数分かけて慎重に注入する.注入中に嘔気が生じるようならば,一時的に注入を中断し時間をあけて注入し直すようにする.また1回の注入量が嘔気のため注入できない事が続く場合は,1回の注入量を減らし注入回数を増やすことにより,一日の必要量を注入できるようにする.注入後は少量の空気でフラッシュを行い,基本的には水分を入れないが,内服薬に関しては調理を行えないので水に溶解し注入を行う. |
7.おわりに |
固形化栄養投与法は在宅胃瘻管理で遭遇する後期合併症の有効な対処法の一つとなる.そのため在宅医療に従事する者は,本法についての理論や実施法について,十分な知識を持っている必要があるといえる. |
文 献 |
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