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経管栄養(おもにPEG)による下痢 |
ふきあげ内科胃腸科クリニック 蟹江治郎
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消化器外科NURSING
2006; 11(8): 791-798. |
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はじめに |
経管栄養症例においてみられる下痢は,比較的頻繁に経験する合併症です.しかしPEGを含めた経管栄養症例は多重疾患を持つ高齢者が多く,時に寝たきり状態などにより自覚症状を明確に伝えることが出来ないため,その原因診断にはしばしば難渋することがあります.また経管栄養症例でみられる下痢においては,何らかの疾病に伴って発生する事例に加え,何ら疾病背景を持たず不適切な管理により発生する下痢もあり,経管栄養に携わる医療従事者は細心の注意が必要です.本稿においてはPEGを含めた経管栄養症例における下痢について,疾病の症状として発生する下痢,経管栄養投与法の問題により発生する下痢,そして経管栄養開始直後に発生する下痢と分けて記述するとともに,下痢などの改善を目的とした経管栄養投与法である固形化栄養投与法についても略説します. |
1.疾病の症状として発生する下痢(表1) |
a.実は希ではないCD関連下痢症
偽膜性腸炎の原因菌として知られているClostridium
difficile(以下CD)によって発症する下痢症をCD関連下痢症といいます.このCDは抗生剤の使用により腸内細菌叢が変動して発生する事が知られていますが,抗生剤の使用歴がなくても成分栄養療法の使用による腸内細菌叢の変化によっても発症します(1).経管栄養症例は,慢性の嚥下性呼吸器感染症などにより抗生剤の使用の機会が少なくありません.またPEGの場合は造設時に抗生剤の使用が行われます.そのためPEG症例におけるCD関連下痢症は希なものではなく,PEG症例における下痢患者の41%がCD関連下痢症であったとの報告もあります(2).そのためPEG症例における下痢に対しては,CD関連下痢症の存在を常に念頭に考え,抗生剤使用歴のある症例や成分栄養使用例においては便中CD毒素を判定します.CD関連下痢症との診断に至った場合は,原因となる抗生剤の中止,バンコマイシンの経口投与,乳酸菌製剤の内服を行います. |
b.日本人に多い乳糖不耐症による下痢
乳糖不耐症とは牛乳を飲んだ後にお腹がゴロゴロする状態をいいます.乳糖とは乳汁分泌物に含まれる炭水化物で,消化されにくい性状のため下痢の原因となります.乳糖はラクターゼといわれる酵素により分解吸収されますが,この酵素はアジア人に少なく加齢によっても減少します.このラクターゼが少なく乳糖を上手く分解できないと乳糖不耐症となるのです.よって下痢状態となっているPEG症例においては,健常時から牛乳でお腹がゴロゴロなっていなかったかを確認し,乳糖不耐症が疑われる場合には,乳糖を含まない製剤への変更を考慮する必要があるでしょう |
c.薬剤の影響による下痢
前述のCD関連下痢症は抗生剤使用後に発生する薬剤起因性の下痢症として有名ですが,抗生剤の使用自体が菌交代現象の原因となり下痢の原因となります.しかし,抗生剤以外にも薬剤性の下痢症はあり,胃瘻栄養を管理する医療従事者は注意が必要です.下痢を起こす薬剤としては潰瘍などの治療薬であるプロトンポンプ阻害薬(以下PPI)があります.PPIは逆流性食道炎の維持療法としても使用されますが,長期使用による副作用の中で頻度の高いものとして下痢があげられます.この際の便は,粘稠度の高い粘土状便が特徴的です.他の薬剤性下痢症の原因としては,非ステロイド系消炎鎮痛剤,抗癌剤,免疫抑制剤などが知られています.また酸化マグネシウムなどの緩下剤が漫然と使用されており,下痢の原因となることもあります.そのため,下痢症例においては服薬内容を確認し,薬剤性下痢症の否定を行う必要があります. |
d.高齢者にみられる下血を伴う下痢
PEGの対象となる寝たきり症例は腹痛など自覚症状を訴えることが出来ず,各種腸管疾患も下痢や下血などの他覚的所見により発症することも希ではありません.なかでも腸管の血流障害により発症する虚血性腸炎は,高齢者に多い疾病であり下血を伴う下痢として鑑別すべき疾病です.他に希なものとして,大腸癌も下痢の原因となります.大腸癌の代表的な症状としては,腸管狭窄に伴う便秘が代表的な症状ですが,粘液や出血により下痢を主症状として発症するものもあり注意が必要です. |
表1 疾病の症状として発生する下痢 |
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■ Clostridium difficile関連下痢症
・ PEG症例では希な合併症ではない
・ 抗生剤や成分栄養使用例で発症
・ 便中CD毒素を判定し診断がつけばバンコマイシンの投与
■ 乳糖不耐症
・ 乳糖を使用した栄養剤で発症
・ 健常時に牛乳飲用後,お腹がゴロゴロしていなかったか確認
・ 疑われる場合は乳糖を使用していない栄養剤へ変更
■ 薬剤起因性下痢症
・ 代表的な事例は抗生剤による菌交代現象による下痢
・ 抗生剤以外にも下痢の原因となる薬剤もある
■ 下血を伴う下痢症
・ 虚血性腸炎や大腸癌などの基礎疾患を考える |
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2.経管栄養投与法の問題による下痢(表2) |
a.注入速度の問題により発生する下痢
経管栄養の標準的な栄養注入速度は1時間あたり200mlを基準とし,症例に応じて速くしたり遅くしたりします(3).筆者の経験では1回500mlの経腸栄養剤を10分程度で滴下し,全く問題のないPEG症例もあれば,基準の量に満たない速度で注入していても下痢をおこす例もあり,液体経腸栄養剤の滴下速度は個体差があるものといえます.注入速度が原因となった下痢が起こる場合は,滴下速度を遅くするのが一般的な対処となりますが,これは身体拘束を延長することとなりQOLの低下をきたすため,筆者は経腸栄養剤を寒天などで固形化(後述)し一括注入する方法で対処しています. |
b.経管栄養の濃度により発生する下痢
浸透圧の高い経腸栄養剤の注入は,腸管からの水分吸収がアンバランスとなり,腸蠕動の亢進による高浸透圧性の下痢症の原因となります.一般的な1mlあたり1Kcalの製品の多くは,血管内の浸透圧である300mOsm/Lに近づけて製造されています.そのため希釈しなくても高浸透圧性下痢は生じません.しかし一部の栄養剤は500mOsm/L以上の高い浸透圧のものもあり,浸透圧の高い製品を使用する場合は予め希釈するなどの配慮が必要です.また絶食などにより腸管機能が低下している症例に関しては,通常の浸透圧でも下痢が生じる事があり注意が必要です. |
c.不潔な経管栄養操作により発生する下痢
経管栄養剤の汚染により細菌性下痢症を発症することがあります.長時間にわたる栄養剤の滴下は,栄養剤自体が細菌の培地となり問題を生じることがあります.栄養剤の投与ルートは注入後に充分洗浄を行い,清潔な状態で使用するように心がけましょう.特に院内においては不潔作業により手指が汚染しやすい状態にあり,充分な手洗いの上で器具の洗浄を行わないと,経管栄養の操作自体が院内感染の原因となります.また経腸栄養ポンプを使用した24時間持続注入の場合,注入中に細菌発生が起こる可能性を考え,8時間を目安として定期的に栄養ルートの交換を行う必要があります. |
d.初回のPEG交換直後より発生する下痢“胃結腸瘻”
PEG造設時に胃と腹壁の間に横行結腸が位置した場合,結腸を貫通して胃へのチューブ留置が行われることがあります(4).この場合,術後早期に発見されることは希で,多くの場合,造設後は無症状で経過します.そして初めてのチューブ交換を行う時,チューブの先端が胃へ到達せず横行結腸に留置されます.この状態で栄養剤の注入を行うと,栄養剤は横行結腸へと注入され激しい下痢症状を生じます.そのため初回交換後に,栄養剤の甘い臭いのする水溶性下痢便が生じた場合は,胃結腸瘻を疑う必要があるといえます. |
図1 胃結腸瘻の模式図
(蟹江治郎.後期合併症の原因と対処.胃瘻PEGハンドブック.東京,医学書院,2002,79.より引用) |
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表2 経管栄養投与法の問題による下痢 |
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■ 注入速度の問題により発生する下痢
・ 注入速度の目安は毎時200ml
・ 下痢の生じる注入速度には個体差がある
・ 注入速度が原因の場合,固形化栄養への変更や速度調整を考慮
■ 経管栄養の濃度により発生する下痢
・ 濃度が高い経腸栄養剤は下痢の原因となる
・ 高濃度の場合は水で希釈して等張にする
・ 絶食期間の長い場合は等張でも下痢をおこすことがある
■ 不潔な経管栄養操作により発生する下痢
・ 不潔操作は汚染の原因となり注意が必要
・ 8時間以上連続して同じ容器で注入をしない
■ 胃結腸瘻による下痢
・ 初回交換後に発症する胃結腸瘻を理解する
・ 初回交換後の下痢は,常に本症を念頭に考える. |
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3.経管栄養の開始後にみられる特有の問題 |
a.絶食により発生する問題
PEG症例において術前に一定の絶食期間がある場合,絶食によって生じる特有の問題を知っておく必要があります.絶食による腸管安静は腸管粘膜萎縮による機能低下を生じるのみならず,腸管免疫低下による細菌叢変化によって常在細菌が少なくなっています.そのため通常の腸管に比較して下痢を生じやすいと考えるべきです.よってPEG造設後に栄養注入を開始する際は,術前の絶食期間の有無によって,術後の経腸栄養剤投与計画を検討するのがよいでしょう. |
b. 長期絶食例に開始する経管栄養の方法
絶食期間を持つ症例に対してはその特性を考え,等張の栄養剤を目標とする注入量の2割量程度から開始し,3日毎程度を目安に患者の状態を診ながら増量していくようにします(5).また常在する腸内細菌の栄養分となる可溶性食物繊維やオリゴ糖の補充も,腸内細菌叢の正常化には重要な要素です.そのため絶食例に対して経管栄養を開始する場合,ファイバーやオリゴ糖を含有する粉末清涼飲料(GFOR:大塚製薬工場)や,あらかじめこれらの成分を含んだ製剤(ジェビティR:アボットジャパン)の選択が望ましいでしょう. |
4.下痢を生じたPEG症例に対する固形化経腸栄養投与法 |
a.液体経腸栄養剤の問題点
一般に使用される栄養剤は,かつて主流であった経管栄養投与法である経鼻胃管からの滴下注入を可能とするため液体となっています.しかし液体は一般に経口摂取される固形物と比較して流動性が高く,下痢のみならず嘔吐や瘻孔からの栄養剤漏れ(栄養剤リーク)の原因となります(図2).そのため,あらかじめ固形化した栄養剤を注入することにより,これらの問題を克服する目的で考案された栄養投与法が固形化栄養投与法です(6). |
b.固形化栄養投与法の効果
筆者は固形化経腸栄養を“重力に抗してその形態が保たれるもの”と定義し,その評価を行っています.固形化を行うために使用する食品は,その物性が優れているのみならず食物繊維による便通改善の効果もある粉末寒天を使用しています(7).固形化経腸栄養剤は液体経腸栄養剤に比較して生理的な形態で流動性も低く,液状経腸栄養剤のもつ問題点である胃食道逆流,下痢,栄養剤リークの改善が期待されています(図3).固形化栄養投与法は,難治性の下痢があり基礎疾患がない症例に対しての一つの対処法と考えて良いでしょう. |
図2 液体経腸栄養剤の問題点
(蟹江治郎.後期合併症の原因と対処.胃瘻PEGハンドブック.東京,医学書院,2002,117.より引用) |
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図3 固形化栄養剤の効果
(蟹江治郎.後期合併症の原因と対処.胃瘻PEGハンドブック.東京,医学書院,2002,118.より引用) |
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おわりに |
PEGなどの経管栄養症例でみられる下痢は,その原因が疾病の症状の場合から管理の問題まで多岐にわたります.そのため下痢の症例をみたら,その原因について詳しく考察し,その原因疾患を考え,疾患背景のない場合は経管栄養管理法に問題がないかを確認する必要があります.自分の担当症例が下痢になったとき“下痢になったから下痢止めを出そう”とか“下痢に良いらしいから固形化にしてみよう”など原因究明なしに対処を行わない様にしましょう.下痢を診たら全身を診るというくらいの気構えで対応すると良いでしょう. |
文 献 |
(1) |
伊藤博彰ほか.ED療法中に便中Clostridium
difficile陽性を示した5症例.日本消化器病学会雑誌.96,1999,834-839. |
(2) |
足立聡ほか.胃瘻下経腸栄養患者における下痢症の検討 ―Clostridium
difficileの関与について―.日本消化器病学会雑誌.102,2004,484-485. |
(3) |
小川滋彦.PEGによる栄養剤投与法.PEGパーフェクトガイド.小川滋彦編.東京,学習研究社,2006,84-91. |
(4) |
蟹江治郎.後期合併症の原因と対処.胃瘻PEGハンドブック.東京,医学書院,2002,54-79. |
(5) |
早川麻里子.投与計画,投与速度に決め方と調節法.NST完全ガイド.東口高志編.東京,照林社,2005,128-131. |
(6) |
蟹江治郎ほか.固形化経腸栄養剤の投与により胃瘻栄養の慢性期合併症を改善し得た1例.日本老年医学会誌.39,2002,448-451. |
(7) |
蟹江治郎.固形化栄養剤とは.胃瘻PEG合併症看護と固形化経腸栄養の実践.名古屋,日総研出版,2004,120-124. |
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