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在宅医療におけるPEG(内視鏡的胃瘻造設)の管理 |
ふきあげ内科胃腸科クリニック 蟹江治郎 |
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Home Care MEDICINE,メディカルトリビューン,2006;
7(1): 63-67. |
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●はじめに |
近年,嚥下障害症例に対する栄養補給法としての経皮内視鏡的胃瘻造設術(以下PEG)が普及するにあたり,在宅の場においてもPEG管理を行う症例が増加しつつある.そのため我々在宅医療に従事する側も,PEGに関しての充分な知識を持って管理をする必要が高まっている.本稿においてはPEG慢性期合併症の知識を通して,在宅の場で経験する様々な問題への対応法について論述する. |
●在宅医療におけるPEGの有用性 |
基礎疾患による何らかの原因で経口栄養摂取が不良になった症例において,消化管機能に問題がない場合は,消化管を積極的に利用する生理的な栄養摂取法である経管栄養の適応となる.PEGが普及する以前の経管栄養投与法においては経鼻胃管以外の選択肢は困難であったが,PEGの普及につれ長期間にわたる経管栄養の必要がある症例に関しては,経鼻胃管よりPEGの方が利点は多く良い適応とされる.経鼻胃管と比較したPEGの利点を表1に示すが,事故抜去(不意の抜去)の頻度が少ない点は在宅管理を行うものにとって,その恩恵は計り知れないものであり,在宅経管栄養管理を必要とする症例のほとんどはPEGの適応と考えて過言では無かろう. |
表1 経鼻胃管と比較したPEGの利点
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○ チューブの交換手技が容易
○ チューブの交換間隔が長い
○ 事故抜去が少ない
○ 胃噴門機能を悪化させない
○ チューブ接触による鼻咽頭および食道潰瘍の合併がない
○ 違和感が少ない
○ 積極的な嚥下リハビリが可能
○ 顔面付近にチューブが無い事による心理的好影響と美容上の改善がある |
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●知っておきたいPEGの合併症 |
【PEG合併症の考え方】
PEGは他の腹部手術と比較し合併症の種類が多岐にわたるという特徴がある.通常の腹部手術の場合,その合併症は創部の安定により消失する.一方,PEGの場合は創部が安定した後も,様々な問題が生じ得る.その中には偶発的に生じる合併症もあるが,不適切なチューブ管理により発生するものもあり,PEG管理を行う側の医療従事者においては充分な知識が必要とされる.
【PEG合併症の分類】
PEGは開腹胃瘻造設と異なり,手術により瘻孔を形成するのではない.PEGはPEGチューブにより胃壁と腹壁を密着し,数週間ほどかけて瘻孔を形成する.そのため瘻孔の完成前と完成後では合併症の内容も異なり,前者は前期合併症,後者は後期合併症と呼ばれる(表2).前期合併症は術後2週間以内の合併症をさすため,一般的にはPEG造設を行う医療機関で経験される合併症である.しかし在宅医療に従事する側にとっても,患者がPEGの適応になった場合に,PEG造設医療機関で発生する合併症について家族に説明を行ったの後,その導入の適否を検討する必要があるため,造設医療機関で発生しうる問題点ついても知っておく必要がある.一方,後期合併症は後方医療機関や在宅で経験されるものであり,筆者の経験では後期合併症はPEG症例の約1割程度にみられ決して希なものではなかった(表3). |
表2 PEG合併症の種類
前期合併症 (瘻孔完成前合併症) |
後期合併症
(瘻孔完成後合併症) |
感染に関連 |
感染に関連しない |
1)創部感染症
2)嚥下性呼吸器感染症(肺炎等)
3)汎発性腹膜炎
4)限局性腹膜炎
5)壊死性筋膜炎
6)敗血症 |
1)創部出血
2)再挿入不能
3)事故抜去
4)バルーン破裂
5)皮下気腫
6)チューブ閉塞
7)胃潰瘍 |
1)嘔吐回数増加
2)再挿入不能
3)チューブ誤挿入
4)事故抜去
5)胃潰瘍
6)栄養剤リーク(栄養剤漏れ)
7)バンパー埋没症候群
8)チューブ閉塞
9)挿入部不良肉芽形成
10)カンジダ性皮膚炎
11)体外固定板接触による皮膚障害
12)胃内固定板による胃腸通過障害
13)胃-結腸瘻 |
表3 後期合併症の頻度(計651名)
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栄養剤リーク |
20例 |
嘔吐回数増加 |
14例 |
再挿入不能 |
14例 |
胃潰瘍 |
8例 |
チューブ誤挿入 |
5例 |
バンパー埋没症候群 |
2例 |
幽門通過障害 |
2例 |
胃-結腸瘻 |
1例 |
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計 66例(10.1%) |
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●在宅医療の場で経験するPEGの合併症 |
【栄養剤リーク】
栄養剤リークとは瘻孔周囲からの栄養剤の漏れである.原因としては不適切なチューブ管理に伴う場合と,経年的変化に伴う瘻孔の自然拡張の場合がある.不適切なチューブ管理には後述するバンパー埋没症候群によるものと,体外固定板の過度の圧迫によるものがある.栄養剤リークがあると漏れを圧迫により防止する目的で,体外固定板を強く締めるという対処が行われることがあるが,これは逆に栄養剤リークの原因にもなるため絶対に行ってはならない.またボタン型胃瘻の場合,栄養状態の改善に伴う体重増加により,バンパーの圧迫が強くなることもあり充分な観察を要する.一方,瘻孔拡大によるPEG造設の場合明確な原因が無い分だけ対処に難渋するが,小川らは栄養剤固形化による対処を推奨している(図1).
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図1 栄養剤リークへの対処
(小川滋彦.在宅PEG管理の全て 4.PEGのスキンケアA.日本醫事新報No4122,49-52.より)
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◎ |
1.栄養剤の粘度増強・固形化 |
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○ |
2.いったん抜去し,瘻孔の縮小を待って再挿入 |
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△ |
3.PEGカテーテルを腹壁に対して垂直に立てておく |
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△ |
4.PEGカテーテルのタイプを変更 |
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△ |
5.胃瘻部を縫縮 |
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× |
6.PEGカテーテル経のサイズアップ |
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×× |
7.バンパー(外部ストッパー)を締めつける |
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◎ :推奨される方法
○ :一応推奨されるが,注意が必要
△ :試してみてもよいが,効果不明
× :なるべく避けるべき方法
××:絶対に行 |
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【嘔吐,下痢】
下痢と嘔吐は経管栄養症例においてしばしば経験される問題である.これらの問題は,何らかの疾病の一症状である場合と,液体を注入する経管栄養自体の問題である場合がある.そのため,これら合併症を経験した場合は,何れの側面からもその原因と対処について考える必要がある.合併症を防止する上で管理上留意すべき事は,経管栄養注入の速度とギャジアップの角度である.経管栄養注入速度は個人によりその耐容性に差があるが,難治性の下痢が継続し基礎疾患がない場合は,注入速度を緩徐にする必要がある.また注入中の嘔吐を防止するため,注入時は30度または90度のギャジアップを行う.
【バンパー埋没症候群】
バンパーとはPEGチューブを固定する固定板のことである.PEGチューブは抜去防止を目的とした胃内固定板と,蠕動による位置異常を防止する体外固定板があるが,バンパー埋没症候群とは胃内固定板が腹壁に埋没する状態である(図2).PEGチューブは通常,体外固定板が体表面から1〜2cm程度離れた位置に固定し,固定板による瘻孔部の圧迫を避けるようにする.しかしこの管理を怠り,体外固定板を体表面に対し密着した固定を行うと,瘻孔部の血流障害から組織が軟化して胃内固定板が腹壁内に埋没してしまうのである.この合併症を避けるためには,体外固定板の余裕を持った固定が重要といえる. |
図2 バンパー埋没症候群の発生機序
(蟹江治郎:バンパー埋没症候群,胃瘻PEGハンドブック,第1版,東京,医学書院,55-57,2002.より一部改変) |
【交換後腹腔内チューブ誤挿入】
PEGチューブは4〜6ヶ月の間隔で定期的な交換が必要である.しかし,経鼻胃管が肺に誤挿入されることがあることと同様に,PEGにおいても瘻孔壁を破壊穿孔し先端が腹腔内に留置されることがある.この状態を察知できずに経管栄養投与を開始すると,栄養剤は腹腔内に注入され汎発性腹膜炎を引き起こすため厳重な注意を要する.PEGにおける瘻孔は脆弱な膜様瘻孔のため,交換時の力学的負荷による破壊穿孔は希ではあれ不可避であるが,先端部の確認を行えば栄養剤腹腔内注入による腹膜炎は防止が出来る.筆者は在宅での交換を行う際,交換前にあらかじめお茶などの着色液を50ml程度注入しておき,交換後に注入した液体の吸引確認をもって先端確認を行っている. |
●在宅医療におけるPEG管理のポイント |
在宅医療での管理のポイントは,チューブ管理とスキンケアといえる.チューブの管理においてはバンパー埋没症候群を予防する余裕を持った固定板管理が重要である.また栄養剤の注入後は10倍で希釈した酢酸水でチューブ内を充填し,チューブの汚染や閉塞を防止する方法が行われている.またスキンケアとしては不要な消毒やガーゼ保護を行わないようにし,瘻孔周囲は充分な清拭管理を行うことが重要である.また栄養剤リークを認めるときは瘻孔周囲をこより状のテッシュで覆い,漏出する胃液から皮膚への刺激を最小限に留めるようにする(写真1). |
写真1 こより状ティシュを利用した皮膚の保護
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●在宅医療におけるPEGの選択 |
PEGチューブは,胃内固定板がバルーンか非バルーンかにより,バルーン型とバンパー型として2分類をされる.また体外固定板からのチューブ突出の有無によりボタン型とチューブ型に2分類され,胃内固定板の分類と合わせ4型に分類がされている(写真2).各々のチューブには一長一短があり,医療を提供する側としては各々のチューブの特長を熟知し,患者側に最も適切なタイプを提供することが重要といえる.
胃内固定板による分類では,バルーン型の場合交換が容易であり交換時の疼痛が少ないという利点がある.しかし不意のバルーン破裂があると事故抜去を起こすことがあり在宅管理を行う際しばしば問題となる.バンパー型に関してはバルーンを使用していないため事故抜去は希であり,在宅医療の現場では好んで選択される事が多いが,バルーン型チューブの挿入に習熟した訪問看護師による管理を行っている症例に関してはバルーンが選択される場合もある.チューブの交換間隔はバルーン型では1ヶ月程度,バンパー型は4〜6ヶ月程度が目安となる.
チューブの長さによる分類では,チューブ型は患者の違和感が多い反面,栄養管の接続が容易のため介護の手間は軽減される.ボタン型は患者の違和感は少ないが,栄養管を接続する際に着衣をあけ専用の接続管を接続する必要があり介護面ではやや煩雑となる.筆者の経験では寝たきり度の高い症例においてはチューブ型が選択される事例を多く経験したが,他方においてはチューブ内汚染を懸念しボタン型が好まれる施設もあった. |
写真2 各チューブの形状
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●在宅におけるPEGチューブの交換と注意点 |
ほとんどのPEGチューブは経皮的に抜去を行い在宅においても挿入は可能である.しかし交換時腹腔内誤挿入が認知され懸念される昨今においては,内視鏡により監視しつつ交換を行う施設も少なくない.一方,嚥下障害を持つ症例において上部消化管内視鏡を行うことは,誤嚥性肺炎の原因となることがあり,在宅医療を受ける側にとっても交換の度に患者を病院に移送することは,本人のみならず介護者にとっても大きな負担になる.そのため在宅管理を行い医療従事者は,可能な限り在宅におけるチューブ交換を行うよう配慮すべきである.PEGチューブ交換を行う際,最も重要なことは経鼻胃管と同様に交換後の先端確認を行う事である.また最近はガイドワイヤーを利用した挿入を行うことにより,誤挿入を防止する交換用チューブ(クリエートメディック社製交換用バンパー型カテーテル)も販売されており,合併症予防のため有用な物といえる. |
●新しい栄養投与法“栄養剤の固形化” |
【栄養剤が液体であることの問題点】
人間は本来,固形物を主体として栄養分の摂取を行っている.しかし,経管栄養患者においては,かつて経管栄養で主流であった経鼻胃管が,液体のみの投与が可能であったため全ての栄養剤が液体となっている.一方,経管栄養を受ける症例の多くは高齢で衰弱したハイリスク症例が多く,その様な症例に対して液体のみによる栄養補給を行うという非生理的栄養補給は,図3に示す様々な合併症の発症と関連する事となっている.
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図3 液体栄養剤を使用した経管栄養管理における問題点
(蟹江治郎:胃瘻PEGハンドブック,第1版,医学書院,東京,2002,P117.より引用) |
【固形化経腸栄養剤とは何か】
固形化経腸栄養剤とは液状経腸栄養剤を寒天など利用してゲル化を行い“重力に抗してその形態を保つ硬さ”としたものである.固形化栄養剤はPEGチューブを介して胃内へ注入が可能であり,注入後は食物を咀嚼した後に嚥下した胃内容物と同様の形態となる.そのため液状経腸栄養剤に比較して生理的な形態で流動性も低く,液状経腸栄養剤のもつ問題点である胃食道逆流,下痢,栄養剤リークの改善が期待される新しい栄養投与法である(図4). |
図4 固形化栄養剤の効果
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【参考文献】 |
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